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ハートフル

沖の瀬 (7)

   

 自分を置いて、どんどん大人の世界に入って行く二人をうらやみ、進路に迷う中途半端な自分を持て余しながらも、健太は、今はこれしかないと自分に言い聴かせ、ただ独りで沖の瀬に潜る。
 波打ち際に立ち、陽光に煌めく真っ青な海に脚を浸けたとたんに、去年体験した恐怖が甦る。しかし健太はやはり海で生まれ、海で育った少年だった。両手で海水を掬った瞬間嬉しさがこみ上げて来る。

 

 
 短い秋が駆け足で過ぎ、厳しい風雪の続く日本海の長い冬が来る。
 一月に一〇日も凪ぎの日がなく、漁師にとっては、漁に出たくても出られず、苦悶の日々が続く。
 雪交じりの強風が古い家を揺らし、音を立てる。
 外に出ると呼吸も満足に出来なくなる程である。
 冬休みに入り、正月も迫って来た二七日、二八日頃、何処の家でも餅つきをする。
 前夜から餅米を洗い研ぎ、水に浸して置いて翌朝につく。
 大阪でアパートの独り住まいをしている兄は勿論、姉も結婚して団地に住んでいたので餅つきは出来ず、毎年正月に帰省した際に持ち帰っていた。
 何処の家でも、家族数にも拠るが、約一月分、大抵一五升から二〇升はつく。
 一臼が一升である。

 健太の家も、今年も一五升つく事になった。
「わし、今年、一人で全部つくき、じいちゃんもおとさんも寝とって良いでな」
 健太は、昨年一〇升ついたので、今年は全部つく事にした。
「大きな事言うて、世話ないかいな?」
「おお、じいさんは、煙草しとるき、頼むで」
「ははは。ほんなら、おとさんは丸める役をすらい」
 母は子ども扱いしたが、じいちゃんと父は手放しで喜んだ。
 最初、餅米が飛ばないように全体をゆっくり捏ねる。
 時間を掛けると、もち米が冷めて固まってしまうので、速さと器用さが要求される。
「はい。良いで」
 粘りが出て来たところで、母が水を付けた手で餅米を叩いて合図を入れる。
 杵を左手だけで握り、右手を軽く添えて振りかぶり、遠心力を利用して、振り下ろす瞬間だけ力を入れるのだ。
 以前は両手で力一杯杵の取っ手を握り締めて、力任せに振り下ろしていて、すぐに疲れ、手にマメを作っていたが、昨年くらいから要領を会得したのだ。
 じいちゃんと父が見守る先で、健太は見事に一五升つき上げて見せた。
 その間に、父とじいちゃんが仏前と神棚に供える鏡餅を丸め、その後、普通の餅を丸める。
 心地良い疲労感に見舞われながら、みぞれ餅とあん入り餅を何個も平らげた。
 じいちゃんが神棚に、父が仏壇に、そして母が床の間に鏡餅を供えた。

 大晦日、兄と姉の家族が帰省し、家が一気に賑やかになった。
「今年は、わしが一五臼、一人で全部ついたき、わしに感謝して食べなはいよ」
「ほんにや。わしもついたが、一五はついた事ないで」
「そら、美味かろてや」
 兄も姉も、年の離れた弟の成長振りに目を細めた。
 夕方から、じいちゃんは夏祭りと同じ儀式をする。
 海神様に一升瓶と塩、小さ目の鏡餅を風呂敷に包んで持参し、お祓いをしてもらってから船まで行って、お酒を船のあちらこちらに撒いて塩で清め、舳先に鏡餅を据える。
 健太も毎年じいちゃんに同行していた。

 帰宅すると、年越し蕎麦を皆で食べる。
 この地方では、イリコで出汁を取ったシンプルなしょうゆ味で餅を煮込み、千切りにしたカマボコ、短冊状に切った薄焼き玉子、削り節、屑海苔、刻みねぎを載せて食べる。
 因みに翌朝、元旦の朝のお雑煮も蕎麦が餅に変わるだけで、出汁も具も全く同じである。
 親戚も皆自宅で正月を迎えるので来客はほとんどなく、おせち料理は夏祭りと同じような内容ではあるが、作る量は夏祭りほどではない。

 お年玉をもらい、一〇時を過ぎてから町の駄菓子屋や万屋に出掛けると、町中の子供達が集まって、おもちゃやお菓子を物色していた。
 お菓子や玩具を買って、武や他の同級生と共に洋二の家に行く。
 洋二の家は分家で、比較的新しく建てたので、洋二専用の部屋があった。
 最近は、皆そこに集まるようになっていた。
 途中で昼食を採りに帰ってまた戻り、日暮れまでトランプや将棋をしたり、マンガを読んだりして過ごす。
 また、天気の良い日にははげ山に登り、竹や笹の枝を切って帰り、手作りのおもちゃを作ったりもする。
 夏休みに比べると、冬休みはあっと言う間に過ぎる。

 三学期が始まった。
 時折人目に付くようになった健太と扶美の弁当の交換は、当然のように教室の誰もが知る処となり、町の子と漁師町の子との弁当の交換が日常化されるようになり、さらには健太と扶美の交換を真似て、数組の他の男女の弁当の交換が、初恋の告白を兼ねるようになっていた。
 以前焼イモを食べながら打ち明けあった、武と洋二の初恋も順調にスタートしたようであった。

 二月三日の節分の日には、「仮屋さん」という、この町の行事があった。
 お正月用についた餅の余りを、町中が家族総出で海神様の境内に持参し、境内に焚かれた細長く大きな焚き火の上で焼いて食べ、その年の無病息災を祈念するのだ。
 正月に作った餅がなくなると、親しい家から分けてもらったり、わざわざこの行事の為に餅つきをしたりする事もあった。
 何処の家庭にも、この行事の為の餅焼きの道具が、家族の人数分用意してある。
 五〇センチメートルから一メートル程の竹竿の先に、針金で編んだ直径一〇センチメートル程の円形の「焼き網」を三ヶ所か四ヶ所針金で吊るしただけの物だった。
 その「焼き網」のうえに餅を乗せ、焦がさないように焼いて食べるのだ。
 神殿内では、前年に不幸があったり、今年厄年を迎えたりして、賽銭を払ってお祓いをしてもらう家もあった。
 この行事は、何もない冬の間に町中の人が集まり、夏祭りほどではなかったが、露店も立ち、お正月のお年玉の余りを残しておいて、お菓子や玩具を買ったりして、子供達もそれなりに楽しんだ。

 

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