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ラブストーリー

恋する僕ら-約束のしかた<6>

   

二つの恋物語が折り重なる、恋する僕らの第六話をお送りします。

どうぞご堪能下さいませ。

***抜粋***

「好きなのね、音瀬さんの事」

「……え?」
 ふと、まるでそよ風に添うように、渡辺先生が言った。ふんわりとした綿毛を吹くような声で、僕の今の、気持ちに感想を付けた。

******

 

 約束にはいろいろな形がある。
 たとえば口約束。
 紙に書くとか、とにかく相手と自分とで納得して認め合う事を言う。
 だったら、それを口に出さなかったとして。
 相手に言わなかったとしても。

 それを認め合い、了承していたのなら。

○○○

 がたたっ。

 二人きりの保健室に、古びた扉が揺れ軋む。
 理沙は寝入っていた。
 それに寄り添うように眺めていた僕は椅子に腰かけていて、気持ち良さそうに眠る理沙の横顔を眺めていた。
 ぺたぺたと足音。がららと、木と金属が擦れる音がして、振り返ってみると、背後にある保健室の扉が、静寂を一気に掻き乱した。

 がららららっ。

 さらに続く煩さに理沙を気遣いつつ、起きる気配のない友人に失笑を零す。そんな順路を辿ってから、僕は保健室の扉を閉め終えた、化粧の厚い女性に会釈した。
「すみませんでした、渡辺先生」
「音瀬さん、もう大丈夫そうね」
 保健室の扉の前で立つ渡辺先生の両手には、バケツと雑巾が握られていた。
 その姿に、申し訳ない気持ちで胸がいっぱいになる。
 何せ彼女は、理沙が準備室でしでかした粗相を片付けてくれていたわけで、見たところどうやら片付け終わったらしく、渡辺先生は使い終えたバケツを手に、部屋の奥へ向かって行く。
 たとえ保健の先生であっても、あんなものの片付けなんて楽しくはないだろうな。僕がすればよかったんだけど、何せ理沙から離れたくなかったわけで。
 粗相をしたのは理沙で、決して僕がしたわけじゃない。
 でも、理沙がしでかした事は自分の責任だと思う。
 だから申し訳ないと思う。
 がらごろと部屋の奥から物音が続く。しばらくして、片付け終えた白衣姿の渡辺先生が、低いヒールを鳴らしながら僕の隣へと歩いてくる。
 近くで見るとやっぱり化粧が厚い。それでも大人の女を嗜む彼女が、僕の真横で立ち止まった。
「熱、測ってくれた?」
「はい。もう微熱程度です」
 差し出すよりも早く、渡辺先生の手が僕の手元から体温計を奪っていく。今年で三十路を迎える独身女性、渡辺先生が、体温計の数値を確認し、寝息を立てる理沙の額に手を当てた。
 少し格好いい渡辺先生が、理沙を視察し終えて頷いた。
「うん。このまま安静にしていたらもう大丈夫かな」
「そうですか。はぁあ、よかった」
 その言葉に、僕の胸の中につっかえていたものが流れ落ちていく。カチューシャを理沙の枕元に置きながら、すうすうと寝息を立てる小さな友人に微笑を浮かべる。

 

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