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立ち枯れ 5

   

警察官で、捜査一課長をしている柏木は、ひどく偏屈な男だった。

他人とかかわるのが鬱陶しく、煩わしい。
自分以外の人間は、全員馬鹿に見えた。

ある日、そんな柏木の前に、夢の女、幸恵が現れる。
幸恵に惹かれた柏木は、その素性を調べ上げた。

そしてそれから数日後の水曜日、太った男の他殺体が発見され、柏木は現場に向かった。

一通りの見聞を終えた柏木は、あとを部下に任せ、その場を離れる。
どうせたいした事件じゃないと思ったのだ。
だがその帰り道、幸恵が若い男と歩いているのを見つけた。

 

 馬鹿な女は可愛いが、馬鹿な子どもは好きではない。尻軽で頭も軽い娘たちはこの世から消えてしまってもいいんじゃないかとさえ思う。若いということが永遠に続くと思ってでもいるのか、先のことも考えず、自己の価値観だけで動く汚らしい生き物だ。正直言って理解出来ない。チョーウザイなどと言われると、こちらのほうが超うざいわと言ってやりたくなる。
 お前等みんな黙れと銃口を向けてやったらどんな顔をするかなと何度も思ったし、駅のホームで横に広がって大騒ぎしている様子など見ると、杖で後ろから線路まで突き落してやりたくなる。
 政府や都も、青少年育成なんたらという条例などでなく、女子高生排除例を立案して欲しいものだ。目障りで小煩いガキどもが一掃されればさぞ日本も住みやすくなることだろうと半分本気で思った。

 だが同じ濃い化粧をしていても、幸恵は違う。あの娘の凛とした佇まいはどこか芯の強さを思わせ、あるべき自分に辿り着けていない悲哀を感じる。
 幸恵は自分のあるべき姿を抽象的にでなく、具体的に持っているのだ。自分はまだ終わってないと月を見上げていた横顔を思い浮かべ、少しだけ心が動いた。
 やはり家には戻らず署へ行こう。とりあえず一日仕事をして、帰りにまたあの店へ行こう。そう思い立った柏木は、踵を返してそこから立ち去ろうとした。
 だがそのとき、車道を挟んで反対側の歩道に幸恵が立っているのを見つけて立ち止まる。
 明るい時刻に幸恵を見たのは初めてだった。相変わらず、日中の日差しで見るには濃過ぎる化粧をした幸恵は、それでも衣装だけは店にいるときよりも質素だった。薄水色のブラウスと地味なタイトスカートを穿き、毛糸で出来た大きなベージュ色のストールを羽織っている。肌色のストッキングを穿き、少し震えながら佇む足には、地味な服装に不似合いな赤いハイヒールを履いていて、その姿はなんだか残酷な子どもに羽根を毟られた夜店のひよこのように見えた。
 赤剥けの皮膚に糸くずや毛糸クズを貼り付けて、ほら、私はこんなに綺麗と虚勢をはるような、そんな憐れさを感じて無性に苛立たしい。幸恵のそんな様子は柏木の暗い部分を引っかき回す。ただ苛々した。
 なぜそんなみっともない格好をしてこんな日中の日差しに立っているのだ。お前のような女には夜が似合いだ、昼間の喧騒に出てくるべきではない。自分を鏡で見たことがないのか? その誰もが首をかしげ嘲笑するような姿で外に立つなどとおこがましいと気づけと思った。
 幸恵は美しく在らねばならない。夜にしか咲かない花だとしても、美しく咲かねばならない。それでなければ追う意味がない。幸恵が嘲笑されるということは自分が嘲笑されることと同じだ。柏木ははらわたが引き千切れる思いで歩道に佇む幸恵を見た。だが、その苛々が柏木の不自由な足を突き動かそうとする前に、幸恵は嬉しそうに微笑んだ顔を上げる。杖を片手に横断歩道の手前まで来ていた柏木は、青に変わった信号を見ても渡ることなく、信号から流れる賑やかでデリカシーのない横断メロディを上の空で聞きながら、対岸の幸恵を見つめた。
 
 

 

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