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エリカの花言葉 第4話 アジサイ《冷酷》 1

   

 夏休みが明けてから、どこか物思わし気な様子である恵里香を心配する洋平と弘行。
 ある日、級友である裕太と亮治が、恵里香が子役時代にヒロインを努めたドラマ『紫陽花の涙』で共演していた、女優の片山美奈子と出会い、恵里香の現状を尋ねられる。
 すると、片山美奈子によって過去に恵里香の身の回りで起きた事件が週刊誌に取り上げられ、恵里香が菖蒲町に越して来た理由や、抱えていた重苦が明るみになった。

 

 
 雨の降る夜に流した私の涙 花びらから落ちる雫 きっとそれも花の涙でしょう

 三年前にこの歌を主題歌にして、『紫陽花の涙』というドラマが流行した。
 ドラマの主人公である時田京子は、小学四年生の女の子。京子には和馬という中学二年生の従兄がいる。
 ある日、和馬の父と母が、通り魔の無差別殺人事件に巻き込まれて殺されてしまい、京子の家庭で和馬を引き取るのだが、卑劣極まりない事件で両親を亡くした和馬は、家族と幸せに暮らす京子を妬ましく思うと、自分と同じ境遇に追いやりたい思うことから、京子の両親と姉を殺害してしまう物語であった。

 九月八日(月)
 窓の隙間から入り込む秋風は、とても心地よい当たりだが、ベッドのシーツは湿っていて寝苦しい。額から流れる脂汗が目尻から蟀谷を伝い、襟足を湿らすと首元にできた汗疹の肌にしみる。
 プールであの曲を聴いてから、恵里香は毎晩のように夢を見る。
『紫陽花の涙』で主人公の京子を演じたのは、小学四年生の恵里香であった。
 夢の中では、母に襲いかかる少年の手に持つナイフが、それを止めようとする父の腹に刺さると、少年は引き抜いたナイフを再び父の腹にグサリ。
 再び引き抜いて、今度は胸元をグサリ、グサリ、グサリ。
 飛び散った血しぶきで目の前が赤く染まり、悪夢に魘されて目を覚ますと、汗じみたTシャツが背中に張り付く感触と、小刻みに振動する手の震えを感じる。
 拳を握りしめて震えを抑えると、部屋を出て母のいるリビングへ向かった。
「おはよう」恵里香が声を掛けると、母は擦れた小声で「おはよう」と、同じ言葉を返した。
『昨日よりも元気がない……』恵里香は、日が経つにつれて母の面構えが弱弱しくなるのを気に掛けている。
「ねぇ、大丈夫?今日も元気ないみたいだけど……」
「もうすぐ、あの子が出てくると思うと……」母の顔色は、心の中を色で表すように蒼白としていた。
「お母さん、大丈夫。絶対に見つからないから。ね、ね」
 恵里香が母にコップ一杯の水を差し出すと、母は少し微笑んで、ゆっくりと水を飲んだ。

 壁にはアビシニアンの猫がボールにじゃれている写真に、九月の暦が書かれたカレンダーが掛けられていて、九月二九日が黒マジックで塗り潰されている。

 暦では夏が終わっても、九月の始めはまだ残暑が残り過ごしづらい。朝のうちはそよ風が吹くものの、風が止むと日中の空からは焼き付けるような灼熱の陽射しと、足元からは、アスファルトの下でマグマが沸き立つような熱が体を襲う。
 今年はもうすぐ着収めになる白いワイシャツも、まだ汗を吸い取る役目は終わっていない。
 一学期の終わりから四十日以上経っているのに、気温も、教室の空気も、制服の色も変わらないが、夏休みの間で人間の色は分別されてきたように見える。今までと変わらぬ者もいれば、男子の中には髪型を短髪にした者や、ゆるいパーマのマッシュ風の者、横を刈り上げてツーブロックにしている者。
 女子はストレートの黒い髪が特徴だったはずの子が、くるくるとカールのかかった髪型に変わっていたり、いつもひび割れると気にしてリップクリームを手放さなかった子の唇に、うっすらと紅色の口紅が塗られていたり。
 汗ばんだワイシャツの下に、男子は流行りのブランドTシャツの模様が透けて見えれば、女子の背中に薄い桃色の下着を付けているのが透けて見えると、男子は目のやり場に困り出す。
 洋平は夏休みが明けたからといって特に変化もないが、弘行は少し大人びたようにも見える。学校に来たからといって熱心に授業を聞くわけでもないが、以前のようにサボることもなく、授業中はボーッと外を眺めているだけ。
 黒髪で毛先がくせ毛になっているショートボブの髪をかきあげると、瞼の横には父親に殴られた時の傷がうっすらと残っていた。
「嶋岡、校庭でサッカーやろうぜ」
 誘うのは裕太と亮治。弘行に先輩達が寄り付かなくなってから、すっかりと、なついた様子。普通ならば、あまり派手な格好をした一年生は先輩に目を付けられるが、弘行といれば何も言われないものだから、この二人もワイシャツの下に赤や黄色の目立つTシャツを着て、派手なバックルのベルトを付けた腰からは、チェーンのようなアクセサリーがぶら下がっている。
「悪い、今日はパス」弘行は、朝から恵里香の様子が憂鬱そうであることが気になっていた。

 

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