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ノンジャンル

大きな分岐点

   

 今まで何かにつまずくことのないまま音楽と向かい合ってきた大和。
 その大和が、初めて休養を取った一年。
 その一年は、大和にとって実りあるものだった。
 父からの提案に、大和は大きな選択と決断の時を迎えようとしている。

 

 
 トランペットケースを開けて、相棒を取り出す。
 休業中であることがうそだとしか思えないほどに、磨き上げられたトランペット。
 楽器の幸せが自分の幸せだと、当時10歳の大和は言っていた。
 何を一丁前に言ってるんだかと、当時はそう思いながら笑った。
「笑うな!ロマンを語ってんだぞ!それに嘘なんかじゃないからな!!」
 幼いころの大和は、今と変わらない元気ものだった。
 顔を真っ赤にして、怒鳴りながら自分に噛みついてきた瞬間を父はいまだに忘れはしない。
 そして今とは違い、幼少期の大和は若干詩人だった。
 ふとした瞬間に、ポツリとこぼす大和の言葉。
 考えついて吐き出す詩ではなく、おそらく本人も無意識のうちにこぼしているそれらは、大人の感性からは絶対に紡ぎだせないものをものだった。
 たかだか10年しか生き抜いていない我が息子が、“楽器の幸せが俺の幸せ”なんて言うとは、血のつながった親と子でも考えに至ることはなかった。
 我が子ながらお面白いと思っていたが、どうやらその信念は変わらないままだったようだ。
 大和の純粋さには、敬服する。
 

 トランペットを取り出して、おもむろに立ち上がる。
「さて。」
 うちの音楽室は好きだ。
 ひと声挙げながら、唐突に大和は思った。
 締め切りがちの音楽室。
 練習室なんて、大概窓もないことがほとんどである。
 それは嫌だと、この家の人間は誰しもがそう思っていた。
 だから練習室は吹き抜けで広くて、窓があって太陽光がいっぱいに入って、光に満ちている。
 音楽には希望があって、未来がある。
 その音楽を作りい挙げる練習を行う場所なのだから、この場所にこそ光が必要だ。

 ―─やっぱりうちが一番落ち着く。

 窓から差し込む太陽の輝きに目を細め、大和は心底思った。
「こんな素晴らしい太陽の光に見合うだけのものが吹けるかわからんが、練習の成果は聴いていただこうか。」
 父が座るソファの方に振り向いて、ニッと笑って大和は父に頭を下げた。
「よろしくお願いします。」
 練習する時は、師弟関係。
 今も昔も変わることはない。
 父も祖父も、練習の時は一度も怒鳴らなかったし、叱られたこともほとんどなかった。
 叱られて得るものなんて大したものではないと、彼らはいつもそう言って笑っていた。
 こんな男になりたいとあこがれていた男に、また練習を見てもらえることを光栄に思いつつ。
 大和は顔を上げて、トランペットに口を付けたのだった。
 
 
 
 

 

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