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歴史・時代

東京探偵小町 第三話「にわか雨」 <2>

   

 五月末日、午前零時。
 銀座・松浦時計店に眠る名宝、
 「亜細亜の夜明け」を頂きに参上する。

小説版『東京探偵小町
第一部 ―怪盗編―

Illustration:Dite

 

 明かり取りの窓から差し込む、まぶしい朝の光。
 倫太郎は戸棚から青豌豆の缶詰を取り出すと、慣れた手つきで朝食の支度にかかった。缶詰を開けて水を切り、こぼれ出てきた鮮やかな青豌豆を裏漉し器に乗せる。豆や馬鈴薯などを丁寧に裏漉して作る汁物は、倫太郎の十八番だった。
 とある洋食屋の主人からじかに教えてもらった青豌豆の汁物は、冷たいままでもそれなりにおいしく、多めに作っておいて適当に具を足せば、立派な夜食にもなる。朱門と和豪の好物でもあり、朝食にこれが出ると、二人とも、必ず二杯目を頼むほどだった。
「よう、倫太郎、手拭い取ってくれ」
 朝稽古に励んでいた和豪が、みずからの半身とも言うべき重い木刀を肩に、勝手口から顔を覗かせた。使い込まれ、磨き抜かれたその得物は、かつて「林のヌシ」と呼ばれていた古木の芯から削り出した、貴重な一振りである。祖父が愛用し、父も欲しがっていたという逸品を、和豪は出奔の際に勝手に持ち出していた。倫太郎を含め、周囲には「最初から俺がもらう約束だったんだ」と言っているが、真偽のほどは定かではない。
「はい、どうぞ。今朝は精が出ますね」
「下の兄貴と、手合わせの約束があっからな。まだ俺にいっぺんも勝ったことがねェんで、兄貴の野郎、躍起になってやがンだ」
 倫太郎が苦笑まじりに相槌を打つや、玄関の呼び鈴がけたたましく鳴り響いた。
「どなたでしょうね、日曜の朝から」
「ちっと見てくらァ」
 よほど急いているのか、再度、呼び鈴が鳴らされる。
 和豪は木刀を戸棚に立て掛けて玄関に走り、勢い良く扉を開けた。
「へいへい、こちら九段――――」
「和豪さま!」
「誰かと思ったら、松浦のお姫さんじゃねェか。ンな息せき切って、どうしたィ」
 来訪者の正体に少しく驚きながらも、まずは邸内へと招じ入れる。九段坂を全速力で駆け下りて来たのだろう、まだ息を弾ませているみどりは、すがるように和豪を見上げた。
「すみません、あの、時枝さまは」
「悪ィな、まーだ寝てンだよ」
「そうですの……いえ、そうですわよね、お休みの日ですもの。申し訳ありません、わたくし、こんな朝早く……皆さまのご迷惑になりますのに」
「ちげェよ、うちの大将がだらしねェんだ。待ってな、今、起こしてやっから。おーい、大将!」
 玄関先から、隣近所にも聞こえそうなほどの大声で時枝を呼ぶ。案の定、一度では返事すらない。和豪は軽く舌打ちをすると、二階に二度三度と声をかけた。
「大将! 大将、起きろッてンだよ! 松浦のお姫さんが来てるぜェ!」
「……ふわっ……ふわわ、はい! はーあーいー!!」

 

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