幻創文芸文庫 (β)

小説好きの創作小説を無料配信*スマホ対応

歴史・時代

東京探偵小町 第三話「にわか雨」 <3>

   

肩や腰のあたりはどうしてもだぶついてしまうが、あちこちを調節した倫太郎のお下がりは、時枝に良く似合っていた。もともとの凛とした雰囲気や短く切り揃えた髪とあいまって、何も言わなければ、中学生くらいの少年に見える。

小説版『東京探偵小町
第一部 ―怪盗編―

Illustration:Dite

 

「そうまで決めてかかってンじゃア、仕方ねェな」
 和豪の言葉に、時枝の顔がぱっと明るくなる。
 倫太郎の眼差しも、いつもの優しさに満ちたものに戻っていた。
「そうですね。まあ、アヴェルスを捕まえるのは無理だとしても、男爵の宝石を守ることなら、僕らにだってできるかもしれません」
「倫ちゃん、わごちゃん」
 時枝の嬉しそうな声を聞いて、みどりも、もとからの心配とは裏腹に安堵の息をついた。引き止めなくてはと思う反面、これでこそ時枝なのだと納得したりもする。みどりは改めて、時枝の横顔を見守った。
「ま、初陣は俺たちに任しときな。必ず勝たしてやっからよ」
「そんなのだめよ、あたしも戦う!」
「お嬢さん、こればかりは和豪くんの言う通りですよ。松浦さんに御心配をおかけしないためにも、決して無茶はしないで下さい」
 そう言われ、時枝は戸惑い半分の表情で自分を見つめているみどりに目をやった。言葉にしなくても、そっと視線を合わせるだけで、互いの思いが通じ合う。時枝は約束がわりに、こくりとうなずいてみせた。
「そうとなれば、早速、男爵にお目にかからなくては。アヴェルス撃退の依頼は頂けないまでも、せめて現場にいられるように、お願いしてみましょうね。それから、警視庁の道源寺警部にもお知らせして……松浦さん、これから御父上に面会できますか?」
「はい。父も母も、今日の昼までには戻ると申しておりましたから。あの、わたくしからも、父と母に話します」
「ありがとう、みどりさん。倫ちゃん、わごちゃん、あたし、何でもするからね!」
「ばァか、大将は後ろでふんぞり返ってりゃいいンだよ」
「んもう、何よ、それ」
 アヴェルスが犯行を予告した五月末日まで、あと三日。
 それまでに成すべきこと、考えることはたくさんあるが、まずはこの場の緊張と時枝の気負いをほぐすべきだろう。倫太郎は口を尖らせている時枝をなだめ、和豪に手伝いを頼んで、台所に戻った。時枝はいったん帰宅するというみどりを強いて引き止め、二階の自室に伴っていく。朝食の準備が整うまで、上海時代のアルバムを見せるらしかった。
「和豪くん、わかっていますよね?」
 時枝たちが二階へ上がっていく足音を聞きながら、倫太郎は和豪を見やった。相棒の言わんとしていることを察して、和豪がたすきを結ぶ手に力を込める。
「ああ。大将は俺が守る。絶対ェな」
「頼みます。事務所の看板に傷がつこうと、僕の小説に障りが出ようと、そんなことはどうだっていいんです。お嬢さんさえ、無事でいてくれれば」
「わかってらァ」
 敬愛する朱門を護りきれなかった悔恨と、何もできなかった自分自身への、どうしようもない怒り。互いの胸に等しくあったそれが、少しずつかたちを変えていくのがわかる。二人は久々に、本来の同僚の顔になって、互いを見た。
「新聞にお嬢さんの名前が載れば、早晩、こうなるだろうと予想はしていたんです。九段坂探偵事務所の二代目、しかも先生の愛娘となれば、いやでもアヴェルスの目に付くでしょうから」

 

-歴史・時代

東京探偵小町 第三話「にわか雨」< 第1話第2話第3話第4話

コメントを残す

おすすめ作品