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ラブストーリー

In the rain 1

   

雨の日にしか、見る事の出来なかった彼。
その彼に聴かせているつもりで、いつも弾くピアノ。

ある日、花音の開いているピアノ教室の募集に、一人の男からレッスンの申し込みがあった。
その男とレッスンの話し合いをしようと、部屋に来てもらったのだが、申し込んできた男は、あの雨の日の彼だった・・・。

*連載になります。

 

―雨が降っている日に弾く、アタシの音色は違う・・・
 アナタに聴かせる為に弾いているから・・・

 昨夜からの雨。窓から見える景色は、全てが薄暗く見える。鮮やかな緑も、マンションの敷地内に植えられているライラックの花も、雨の滴に叩かれてしょげているようだ。
 簡単に掃除を終えて、出窓に寄り掛かり外を眺めていた花音。しばらく遠くの景色を眺めてから、向かいのマンションの一室に視線を向けた。
 そこから見えるのは、おそらく寝室。いつまでもカーテンが引きっぱなしになっている。他の部屋は全てカーテンは開けられていて、時々あちこちの部屋に人影が動いていた。
 カーテンが引かれているその部屋。ようやく開けられたのを見て、花音は出窓を少しだけ開き、空気の入れ替えをする。サーッと涼しげな音が部屋に流れ込んできた。
 掃除の時に開ければいいものを、わざわざ今開けたのには訳がある。
 出窓を離れ、向かった先は一台のピアノ。蓋を開いてチラリと出窓を見た。

 花音は、この部屋でピアノ教室を開いている。そして週に一回だけ、楽器店の音楽教室の生徒を受け持っていた。
 正直、音楽教室の講師をしていても、報酬は少ない。講師に渡る分等、微々たる物に過ぎないのだ。短大を卒業して一年位は、実家にいた事もあって、少ない給料でも過ごせたが、いつまでも実家に居るつもりもなかった花音は、自宅の生徒を増やし、確実に自分の手にお金が渡るようにしたのだ。
 教えているのは自分なのに、教室代、備品代などで差し引かれるのも、あまり気分がいいものではない。それなら、自分でピアノさえ持っていれば教える事が出来るのだからと、実家近くのマンションに引っ越して教室を開いた。
 それでも、生徒がいなければ始まらないのだ。
 本来タブーとされる、教室からの引き抜きをしようと初めは思った。だが、意外にも生徒や親の方から、講師が変わるなら教室を止めて、花音の教室に通うと言ってくれた生徒が多かった。
 そんな生徒に恵まれた所為か、現在贅沢は出来ないが、暮らしていけるだけの稼ぎはある。

 イスに腰掛けて開いた楽譜。今日来る生徒で、来週は新しい曲に入る子に範奏する曲を弾き出した。勿論、花音のレベルでは弾く事の無い物もある。だからと言って、簡単だからと馬鹿にしてはいけないと常日頃思っていた。だから、練習する。花音は二人分の範奏を練習して、今度は自分の楽譜を取り出した。
 ふと腰を上げて、出窓に近づいてあの部屋を見た。
 レースのカーテンも纏めてしまうのは、あの部屋だけだ。ある意味部屋の中が丸見えなのだが、そこの住人は気にはしていないらしい。
 再びピアノに戻って、自分のレッスン曲を練習する。週に一度は、ベテランで自分より上級の講師に習いに行くのだ。
 講師とて、自分のレベルアップはやはり欠かせない。他人の意見を聞くのは、上達に繋がる。自分で満足しているようでは、その先は望めないのだ。だからと言って、花音がプロのピアニストを目指している訳でも何でもないが、上達していく生徒にはどんどん難しい曲もやらせている以上、範奏出来ないようでは駄目だと思っている。

 花音は、一度弾き出すと時間を忘れてしまう。自分が納得いかない所は、何度も繰り返す。ただ根詰めすぎると、お昼の時間を回っていても気付かない事が多く、気が付くと生徒が来てしまったという事が多々ある。レッスン中にお腹が鳴るなんて事が、しょっちゅうあった。
 弾いている最中に楽譜を素早くめくった時、携帯のアラームが鳴り響いた。
 一瞬ビクッとしながら、鍵盤から手を離し、テーブルに放置していた携帯を取って、アラームを消す。お昼の合図だ。
 髪を掻き上げながら首を回し、倦怠感に長い溜息を吐いた。

 

-ラブストーリー


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