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ハートフル

ファイナル チューン [1]

   

 新宿で二〇数年間ライヴハウスを経営し、五〇才を超したおれは人生を振り返って、遺した物が、この店だけという事に、虚しさと焦りを感じていた。
 そんな時出遭ったファイナル チューンというバンドを世界に出したいと考えるが、彼らにはヴォーカルがいなかった。
 ある日店員のアイコの歌声を聴いて虜になったおれは、彼女をファイナル チューンのヴォーカルに入れようとするが、彼女は好中球減少症で死と背中合わせの人生を送り、以前は沖縄で人気のロックバンドのヴォーカリストだったが、そのせいで歌うのを辞め、もう絶対歌わないと言う。 
 そんなアイコに歌う心を取り戻させ、ファイナル チューンに加入させる。
 さらに古い親友で超一流のギタリスト、ヒロシの協力を得、アイコの弟であるシンをベーシストに迎え、ファイナル チューンは、世界に向かってスタートを切る。
「私が死ぬか、ファイナル チューンが世界に出るか、競走よ」
 おれとヒロシがプロデユーサーで、ファイナル チューンはデビュー、全国ツアーを成功させ、ファーストCDは新人として前代未聞の二枚組であったにも拘らずミリオンセラーを記録し、一気にスターダムにのし上がる。
 そしてアイコと結婚したヒロシをメンバーに迎えて一層強力になったファイナル チューンの人気は一層沸騰し、東京ドームから二度目の全国ツアーを開始する。
 CD、ビデオ、DVDも爆発的に売れて業界の記録を塗り替え、ラストの沖縄での野外ライヴのチケットも、ソロライヴとして前代未聞の売り上げを伸ばして行くが、福岡ドームでアイコの好中球減少症が劇症化する。
 持ち応えたアイコとおれ達は、一〇〇万人という驚異的な観衆を集めた沖縄でのライヴを決行するが、アイコは最後に、ファイナル チューン、最終音を遺して倒れる。

 

 
 新宿でライヴ ハウスを始めてもう二〇数年になる。
 ただ自分が三六五日、二四時間ロックに浸っていたいという、それだけの理由で始めたから開店当初一年ほどは閑古鳥が鳴いていたが、父親の遺産を食い潰しながら経営を続けているうちに口コミで名前が知れ渡り、二〇〇席程の店内で立ち見が出るくらいの有名なミュージシャンも呼べるようになった。
 またそのお陰か、出演するバンドをオーディションで選べる程に格も上がり、音楽雑誌やレコード会社、プロダクションの関係者などが出入りするようになり、ここのステージでデビューして有名になったミュージシャンも多くなった。
 また有名になったミュージシャン達が時々仲間を連れて呑みに来たりして、それを目当てにファンが集まり、相乗効果でますます客も増えて、知名度も人気も上がり、出演を希望するミュージシャンも増えた。

 今ステージ下に群がる若い女性ファンとミュージシャン志望の少年達の熱い眼差し、そして少し離れたテーブル席に陣取る業界関係者達の冷静な視線の先で、高度なテクニックを要する緻密な演奏を激しく繰り拡げているファイナル チューンも、未だ都内の大学生のアマチュア四人組だった。

 ファイナル チューン。
 最終音。

 こいつらは必ず世に出る。
 ある時、おれは「腕の立つアマチュアのロック グループがいる」という噂を聴き、丁度学園祭でコンサートをやるというので、観に行った。
 思えば、学園祭でのロック コンサートも今では当たり前のようになったが、二十数年前、新宿の居酒屋で知り合った某大学の学園祭の実行委員長に、「何か面白いネタはないか」と訊かれ、「ロック コンサートをやらせろよ」と応え、意気投合して企画する事になったのだが、それが学園祭にロック コンサートが導入された最初だった。
 彼らは前座だったが、彼らの演奏を聴いて一発で惚れ込んだ。
《おい。何だ? これ。良いじゃねえか》
 いきなりアップ テンポのリズム セクションに乗って、ギターとシンセサイザーのメロディアスな掛け合いだ。
 脳裏に広大な空間が一発で拡がる。
 心が光り輝く大海原を疾走する。
 次の瞬間、大気圏まで舞い上がって広大な太陽系を臨む。
 おれ好みのサウンドだ。
 面白い構成もあった。
 八拍子から、ワン コーラス毎に七拍子、六拍子、五拍子、四拍子。そしてもう一度、さらに今度は四拍子から逆に八拍子までビートを変化させる。
 相当腕が立ち、練習を積んでなければ出来る芸当ではない。
 次の曲はストリングスを効かせた壮大なオーケストレーションが特徴の曲だ。
 全員でパーカッションだけの短い曲もあった。
 ドラムスと二人のパーカッションをベースにヴァイヴがメロディを奏でる。

 面白い。
《ヴォーカルが入っていないな》
 こいつらの演奏水準に合う技量のヴォーカリストがいないのだろう。
 驚いた事に、多少名の売れたロック グループがメインだったが、彼らの演奏に興奮した観客が三度もアンコールを求め、彼らが「もうネタがないから」と言ってステージを終了した後、観客の半数が居なくなってしまって、メインのグループを完全に喰ってしまっていたのだ。
 おれは、彼らの音楽性と演奏水準の高さに驚き、惚れ込み、彼らをステージに立たせようと決めた。
 ちょうど一年ほど前だ。
 おれ自身の中で、新しいロック音に飢えていて、というのも、ここ十年ほど前から在り来たりのポップスに近いロック グループの音楽が主流になりかけていて、衝撃を受けるような音楽にしばらく出遭っていなかったのだ。
 自分でバンドを作ろうかとも真剣に考えたが、年齢と、過去挫折した苦い経験を想い出し、悩んでいた。
 そんな時だったのだ。
 そしておれはその翌月、間に合う限り最も早いステージを用意してやった。
 それも、いきなり、それなりに名の売れたミュージシャンしかブッキングしなかった土曜日の夜のステージだった。
「驚異のサウンド!」「超大型新星誕生!」「世界に通用するテクニック!」
 おれは思い付くままにポスターを作って店内に貼りまくり、常連客にも声を掛けた。

 そして当日。
 おれの予感は当たった。
 彼らが声を掛けたのだろう、彼らのファン クラブのような団体が席を大半埋めていたが、この店の常連客も多く、また業界関係者の顔もあった。
 彼らの店内ライヴ デビューは大成功だった。
 彼らの評判はあっと言う間に拡がり、わずか二ヶ月、三度目のステージで早くも、二〇〇席ほどだが、店を満席にし、立ち見さえ出るようになった。
 そして彼らを世に出そうと目論む業界関係者も多数脚を運ぶほどになったのだ。
 こいつらはちゃんとプロモートしてやれば、本当に、国内どころじゃない、世界にでも通用するバンドになる。
 ビートルズのデビュー以前から四〇年以上もロックにどっぷり浸かって来たおれの耳に、彼らの音楽は強烈な印象と感動を伴って跳び込んで来たのだ。
 そして彼らのステージを体験すればするほど、おれは心の底から、彼らを自分自身の手でプロデュースしたいと考えるようになった。
 今までそんなバンドやミュージシャンがいなかった訳ではないが、その想いがこれほどまでに熱く湧き上がったのは、彼らが初めてだった。
 
 五〇歳を過ぎて自分の人生を振り返るようになると、おれがロックと出遭って四〇年間、遺した足跡がこのライヴ ハウスだけというのがひどく寂しく、みすぼらしく思えるようになったせいであったかも知れない。

 

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