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立ち枯れ 7

   

ある日、警察官で、捜査一課長をしている柏木は、幸恵という女と出会う。
幸恵は、安酒場のホステスだったが、それにしては品があり、一目で気に入った。

だがある日、その幸恵が、若い男と歩いているのを見つける。
胸の奥でざわりとなにかが傍立ち、胸に暗雲が立ち込める。

幸恵は自分が見つけた女だ。
他の男になぞ、口を利く権利もない。

その若い男、悟に、理不尽な怒りを覚えた柏木は……。

 

「やだ、悟くんじゃない、どうしたの」
「ごめん、そこまで来たからさ、ゆきちゃんが働いてるお店、ここだったなって思って……」
 それはいつか昼間の街で、幸恵と会っていた若い男、悟だった。
 悟は首に巻いた安っぽい毛糸のマフラーを外しながら、きょろきょろと店内を見回し、カウンターの中にいるマダムと、カウンター席についている柏木に会釈した。小さな声で迷惑だったかと聞く悟に、幸恵はそんなことないわと笑いかけ、柏木が座っている席から少し間を置いたカウンター席へと座らせる。
「悟くん、なに飲む? あ、お酒はダメなのよね」
「え、ぁあいやそういうわけでもないけど」
「嘘、いつも飲めないって言ってるじゃない、ママ、悟くんにフレッシュジュース一つね」
 生ジュースを注文する幸恵を見て、悟は照れたようだ、困ったなというように苦笑いをし、視線を彷徨わせた。その仕草が気に障った。
 以前も感じたが、この悟という男、なにか勘違いをしている。幸恵は自分が面倒を見てやってもいいと思っている女だ、どこにでもいる安ホステスではない。貧乏人の間抜け男と本気で付き合うと思うのが間違っている。そんなこともわからないようでは最悪だ、空気が読めないとはこのことだなと呆れた。
「キミ、飲めないのかい?」
「え?」
 少し身の程を教えてやろうと柏木が声をかけると、いきなり話しかけられた悟は慌てて顔を上げた。そのオドオドした様子からも悟がたいした人間ではないということがわかる。
 柏木はワザと手の中の水割りを飲み干してから、バカにするように少し首をかしげて笑った。
「下戸とはなさけない、酒も飲めないようでは人付き合いも出来ないだろう? 社会に出てそれでやっていけるのかな?」
「すいません」
 柏木の嫌味に、悟は反撃もしない。ただ頭を掻き、薄笑いを浮かべる。貧乏臭く情けない男だ。情けない顔で所在投げにオドオドと視線を彷徨わせる悟に、それ以上なにかを言う気は失せた。しかし言いかけた言葉だけは飲み込めなかったので、ダメ押しに一言だけ付け足す。
「まあいいさ、ジュースでも売り上げにはなる、せいぜい沢山飲むといい、幸恵も喜ぶだろう」
 柏木は普段、幸恵のことを呼び捨てにしたことはない、幸恵ちゃんとチャン付けだ。だがこの場面ではそう甘いことは言えない。身の程知らずな悟に、幸恵は自分と付き合ってるんだとわからせ、その思いは分不相応だと気づかせてやらねばならない。それが大人としての分別と情けだろうと思っていた。
 実際の話、悟は見たところ二十代半ばあたりと思われ、老けて見られがちな柏木も、実はまだ二十九だったので、そう歳は離れていなかったかもしれない。だが柏木の頭の中では悟が若造で、自分はいい大人だという構図が出来上がっていた。そしてバカで愚かな若者を導いてやるのが大人としての務めだと思っていた。

 悟はそんな柏木の思惑も知らず、挑発的な言葉に負け、逃げ出すように席を立つ。
 
 
 

 

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