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ハートフル

ファイナル チューン [3]

   

「な、何だよっ? お、おいっ、こ、これっ?」
 何時もの癖で、脚を投げ出してイスにふんぞり返っていたヒロシも驚いて坐り直し、アイコを凝視した。
 ヒロシもさすがだ。
 アイコの資質を一発で見抜く。
 ファイナル チューンの全員が演奏しながらも、驚いた表情でアイコを見つめている。

 

 閉店後、遅番のスタッフも、照明もミキサーも全員帰らせた。
 おれは事務所の引き出しから、アイコの為にアレンジして書き上げ、何時か来るであろうこの時の為にしまって置いた楽譜を取り出し、ヒロシを促してステージに一番近い席へ移動した。
 アイコとシンが皆のグラスとウイスキーのボトル、氷を運んだ。
 しばらく呑んで談笑してから、ファイナル チューンのメンバーをステージに上がらせ、楽譜を渡した。
「パートを確認してみてくれ」
 彼らはそれぞれ自分のパートの音を、思い思いに確認し始めた。
 おれはアイコに同じ楽譜を渡した。
 ただ彼女に渡した楽譜には、メロディーのパートと歌詞が入れてあった。
「楽譜は読めるのか?」
 愚問だった。
 アイコはおれを振り向きもせずにうなずき、譜面を眼で追いながら口ずさみ始めた。
 横からシンが譜面を覗き込んだ。
 ヒロシはふんぞり返ってファイナル チューンの方を見ていた。
「マスター? これ、リードのパートがない処があるよ」
 ユウキがおれの方を振り返って声を揚げ、譜面を見ながら首を傾げた。
「良いんだ。他に判らない処はないな? じゃあ、一度合わせてみてくれ」

 ヨッチンがスティックでカウントを取り、ファイナル チューンの演奏が始まった。
 ショウヤの柔らかいオーケストレーションをバックに、フルートの音色のシンセサイザーのソロ。
 ユウキが十二弦ギターでアルペジオを弾き出し、コウジがエレクトリック ピアノを弾き始めた。
「やっぱ、マスターの書いた曲らしいや」
 ヒロシが横でつぶやくように言った。
 我ながら良い曲だ。
 二〇数年前に創った曲だが、今でも充分通用するはずだ。
 ましてファイナル チューン用にアレンジしたし、彼らが演奏すると、サウンドが一層魅力的に聴こえる。
 さて、肝心のアイコは、と言うと、さっきからずっと譜面を食い入るように見つめ、まるでそれが習性であるかのように、完全に音の世界にのめり込み、そしてついにファイナル チューンの演奏に合わせて、小さく歌い始めたのだ。
 眼が輝いている。
 表情が生き生きし出した。
 おれが見つめているのにも全く気付いていない。

 ファイナル チューンの演奏が終わった。
「マスター。これねえ、すっごく良い曲。だけどさ、やっぱリードの足んない部分があるよねえ」
 ショウヤが首を傾げて言った。
 アイコは未だ譜面を見つめたままだ。
 彼女の顔がかつて一度も見た事もないほど美しく輝き、心から嬉しそうな表情を浮かべた。
《気に入ったようだな。さて、お膳立てはしてやった。後はお前の決心次第だ》

「どうだ。アイコ? これをやつらと一緒に奏りたくないか?」
 おれの言葉にはっとなっておれを見たアイコが、何時もの暗く強張った表情に戻った。
「おれは、お前が歌いたいと言い出すのを二月待った。だけどもう辛抱出来ない。お前の歌が聴きたい。お前が歌ってるのを観たい」
 アイコは顔を伏せたまま肩を小刻みに震わせ、小さくうずくまっていた。
「アイコ。良いか。お前はお前だけの物じゃない。お前の歌はお前だけの物じゃない。お前の歌を聴きたがってる人が大勢いるはずだ。沖縄にもな」
 アイコが再びはっとして顔を上げ、おれの顔を見た。
「おれはファイナル チューンにお前を入れたい。やつらがお前の歌を気に入るかどうかは別だがな。ファイナル チューンとお前が合わなければ、おれがバック メンバーを集めてやる。お前は歌わなきゃいけないんだ。歌うべきなんだ」
「お、お姉ちゃんっ、う、歌えっ! 歌ってくれよっ、昔みたいにっ。ファ、ファイナル チューン好きだってっ、い、何時も言ってるじゃないかっ!」
 隣にいたシンがアイコの腕を両手で握って揺さぶり、必死で叫んだ。

《アイコッ。ステージに立てっ。もう一度歌を歌えっ》
 おれも心の中で必死になって叫んだ。
 そしてファイナル チューンのメンバーに目配せした。
 おれの心根を悟った彼らがイントロを演奏し始めた。
《さあ、立てっ。アイコッ。お前のステージだっ》

 アイコが譜面を呆然と見つめたまま立ち上がった。
 顔を強張らせ、身体を震わせ、脚をふら付かせ、そしてそれでも一歩一歩確実に歩み、ステージに上がった。
 マイク スタンドに震える手を掛けた。
「お、お姉ちゃんっ、が、頑張れっ!」
 シンが必死で声を掛けた。
 ファイナル チューンがイントロを最初から奏り直した。
《あの写真と同じポーズだ》
 さっき沖縄の女の子が見せてくれた写真のポーズだ。
 アイコがマイク スタンドを両手で握り、天を仰ぐように上を向いて、眼を閉じた。
 アイコの身体の震えがぴたりと止み、さっきまでの怯えたような強張った表情が消え、微笑んでいるように見えるほどの穏やかな顔付きに変わった。
《さあ、歌え。皆を驚かせてやれっ》
 
 シャインニング レディ

 アイコが歌った。
 おれの曲を、おれの曲想通りの声で、歌い方で、歌い始めた。
「な、何だよっ? お、おいっ、こ、これっ?」
 何時もの癖で、脚を投げ出してイスにふんぞり返っていたヒロシも驚いて坐り直し、アイコを凝視した。
 ヒロシもさすがだ。
 アイコの資質を一発で見抜く。
 ファイナル チューンの全員が演奏しながらも、驚いた表情でアイコを見つめている。
 
 朝の光の中で
 微笑みまぶしく輝く
 貴方の熱い胸に 
 愛が静かに息付く
 いつまでも いつまでも 
 ここでこうしていたい

 アイコの眼が涙で潤んでいた。
 そして一滴頬に伝った。
 どんな苦しみがあって、過去に何があって歌うのを止めたのか。
 歌がこれほどまでに好きなアイコが歌わなかった、その苦しみはどれほど深く、つらいものだったのか。

 

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