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ラブストーリー

In the rain 4

   

きつい言い方をしてしまった事を後悔していた花音。
レッスンをどうするのか、ちゃんと話す為に電話をかけたが、啓介は休むと告げた。
だが、会えないと思えば思うほど、会いたいと心が叫びだす。
その気持ちに歯止めが利かなくなってきていた・・・。

 

 自分の講師の家へとバスに乗って揺られながら、花音は複雑な気持ちになっていた。
 思わずカッとなってキツい言い方をしてしまった事に、落ち込んでしまう。あんな言い方をしなくても良かったのだ。冗談交じりに言っていたのだから、啓介が本当に適当にレッスンを望んでいる訳じゃ無い事は分かっている。
 ただ、青島花音という講師は、適当なレッスンも出来ると思われているのが嫌だった。そう思っている訳じゃないのかもしれないが、そういう風に言葉の意味を取ってしまう、花音の悪いクセだ。
言ってしまった手前、来週のレッスンをどうしたらいいのか、今度は悩む事になってしまった。
 どちらにせよ、啓介からは電話も掛けづらいだろうと、流れる景色を視界に入れながら、自分から連絡しようと思った。

 レッスンを終えて戻って来た花音は、マンションに入る手前で足を止めた。そして、啓介の部屋の窓を見上げる。窓辺に人の気配は無い。
 あんな言い方をした自分を、きっと啓介は良くは思っていないはず、そう思うと、密かに胸にしまっている想いは、完全に閉じ込めざるを得なくなってしまった。
 胸が、何か強い力で押されているようだ。苦しい。
 だが、これで良かったのかもしれないと思った。こうなってしまえば、完全に講師として彼に接する事が出来るのだから。
 止めた足を動かして、中に入り部屋に戻ると、デスクから生徒名簿を取り出して、啓介の名簿を取り出した。
 そして電話番号を確認して、電話をかけた。
=はい。=
 その声に、一瞬固唾を呑んだ。無愛想な声。花音の聞いた事がない声だった。
「・・・星井さん?」
 確かめるようにそう聞くと、電話の向こうの雰囲気が変わった。
=あ?先生?=
「そう・・・。レッスンの事どうするか決めようと思って。治るまで休みにする?」
=・・・先生がレッスンにならないっていうなら、休むよ。=
 覇気の無い声で言われて、花音は黙った。決定権をこちらに渡したのだ。
 正直、啓介の意思に従おうと思っていた分、そう返されてどう言っていいのか分からなくなった。
 普通なら休ませるだろう。ただ、今日会った時には、やりたいという意思を見せていた。それを彼が本当に望んでいるのかいないのか聞けばいいだけなのに、言葉が出ない。
=先生?あー・・・やっぱ休んだ方がいいよね?教える方も困るよね。=
 笑いを含んで聞こえてきた声は、どこか淋しげで、彼の意思ではないように聞こえてくる。
「星井さんは・・・どうしたい?」
 何故か絞まってくる喉を、無理矢理広げ問い返す。すると、何かを考えるような唸り声が聞こえて、それから空笑いが聞こえた。
=俺はさ、折角始めたから、少しでも教えてもらいたいけど、右手だけのレッスンって聞いた事無いよーな・・・。先生困るだろ?=
「困りはしないけど・・・。」
 呟いた花音の言葉に、黙り込んだ啓介。
 ややしばらくして、「やっぱり休む」と啓介が笑った。
=早く治して、両手でバッチリ練習してくから。治ったら連絡します。=
「・・・そう、それじゃ待ってるから。」
 受話器を置いて表情を無くした花音は、しばらく会えないという事が、自分を落ち込ませている事に気付いた。
 ついさっき、講師として接する事が出来ると、気持ちの整理をしたと思ったのだが、やはりそう上手く心のコントロール等出来ないのだと、唇を結んだ。

 翌朝、カーテンを開けて、窓に流れていく滴を眺めていた。
 雨だ。
 折角の休日なのに、これでは何処にも出掛けられないなと、長い溜息を吐いた。
 雨音を聞きながら、ぼんやりと啓介の事を想う。彼も休日なのは知っている。だが、花音自身、休日に練習はしないから、雨でもピアノの音が部屋に響く事は無い。彼の為に弾く事は無い。
 ベッドを抜け出して、あの出窓に近づいた。カーテンを開け、窓を開ける。何気ない動作の中に、やはり彼の顔が見たい、そんな感情が含まれていた。
 折角会えるようになったのに、また会えない。
 それが、自分にとって苦しい事に変わった。
 啓介に近づけた嬉しさを覚えた心は、また会えないという事を拒むのだ。そして『会いたい』と叫び続ける。
 出窓の前で立ち尽くしていた花音の目から、雫が一粒零れ落ちた。

 袖でそれを拭った花音は、わざと空笑いしてみた。そして、現実を見詰めた。
 例え自分がこれほど想ったとて、相手がそう想っている訳じゃないのだと。花音は啓介の何も知らない。もしかしたら、既に恋人がいるかもしれないのだ。
(馬鹿だな・・・自分・・・)
 一人センチメンタルになった所で、そう作られた話のように、上手くいく訳がない。久しぶりに恋などした所為なのか、ずっと変に感情が昂ぶっていたなと溜息吐く。
 今は忘れようと、レッスン室に入った花音。
 楽譜を取り出して、弾き始めた。

 

-ラブストーリー


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