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ハートフル

ファイナル チューン [4]

   

「今日は新しいファイナル チューンを聴いてくれ」
 それ以上の言葉は要らなかった。
 彼らが、自分の心で聴けば良い。
 どんなに素晴らしいかを。

 

「良いのか? 後悔しないな」
 自分でアイコをそそのかしたのに、おれが言うのもおかしな話だった。
 アイコはしかし、顔を強張らせてはいたが、力強くうなずいた。
 ヒロシが何時ものように脚を投げ出し、何時ものようにぶっきらぼうに言った。
「どうすんだよ? おめえらよ? この世界で滅多にいない、こんなすげえヴォーカリストをただの病人扱いしてよ、何もさせないで、可もなし不可もなしの生活をさせるか、お前らと一緒に眼一杯ロック奏って、充実した人生を送らせてやるか? どっちだよ?」
「ファイナル チューンはもう、アイコさん抜きでは、存在しない」
 ショウヤが一番先に口を開いた。
「アイコさん、一緒に奏ろうぜ」
「おれも大賛成」
「アイコさん、頑張って」
「お、お姉ちゃんっ、よ、良かったなっ。が、頑張ろうぜっ」
 ファイナル チューンのメンバーはアイコを励ますように笑顔を見せた。
「よし、おれは最初からそのつもりだった。良いな。最後まで行くぞ」
 皆が力強くうなずいた。
「ただし、判ってると思うが、可能な限りアイコの体調を気遣って、カバーしてやれ。それと、出来るだけ早く、何事も早く、だ」
 アイコがあっさりとした表情で微笑みながら言った。
「私、奏るわよ。ファイナル チューンが世界に出るか、その前に私が病気に負けるか、勝負よ」
 
 一週間後、おれは店を臨時休業にし、マスコミ関係者を知っている限り集めた。
 そして前以って今回の計画を話し、内諾を取って置いた旧知のビデオ制作会社の社長と、プロモーション会社の社長も呼んだ。
 ヒロシが先日約束してくれたように、自分の契約しているカミュ レコードの専務を連れて来た。
「久しぶりだな? ヒロシから聴いた。あんたの最初で最後の大勝負みたいだから、出来る限りの協力はするが、おれも商売だからな」
「解ってるさ。古い交際いだからって、遠慮しなくて良いぜ」
 彼が未だ駆け出しのプロデューサーだった頃からの馴染みだった。
 ヒロシのバンドがこの店のライヴで彼の眼に留まり、彼のプッシュでスカウトされ、デビューして一気に全国的に有名になった。
 それからも彼が手掛けたバンドの幾つかがデビューし、今でも活躍しているのだ。
 彼の耳と感性は、今でも信用出来るはずだった。
 バンドを解散した後も、派手ではないが、永く活躍しているヒロシの存在がそれを物語っている。
 それに彼はカミュ レコードの出版に関して決裁権を持っていた。
「話は急ぐんだろ? 社内で前話はして置いたからな。おれも出来る限りの事はするぜ」
 専務の言葉を聴いて、おれはヒロシと専務に無言で感謝した。
 
 ステージにファイナル チューンのメンバーが上がった。
 それぞれ思い思いに楽器と音のチェックをする。
「六人か? メンバーが二人も増えたのか?」
「ベースとヴォーカルが増えたんだな?」
「あの子は、ヴォーカルか?」
「女だぜ。あれは」
「ヴォーカルが入ったとなると、このバンド、面白くなるぞ」
「ツー ドラで奏るのか?」
「これも売り物になる。ツー ドラにベースが入ったのなら、リズム セクションが一気に強力になるぞ」
 薄暗い店内の、あちらこちらの席に散在したマスコミ関係者達の群れから、ざわめきが起こった。
 準備は出来た。
 おれは急ぎ足でステージに上がった。
「今日は新しいファイナル チューンを聴いてくれ」
 それ以上の言葉は要らなかった。
 彼らが、自分の心で聴けば良い。
 どんなに素晴らしいかを。

 おれがステージから降りてすぐ、レインボウ カラーの照明がステージを浮かび上がらせる。
 ショウヤがノイズで波の音を奏で、ユウキがエフェクターをフル レベルにしたギターで、強烈なハウリングを起こし、とめどない波が大海のはるか彼方から、どよめきながら圧し寄せて岩礁に砕けて轟き、ゆったりと引いて鎮まって行く様に、フェイド イン、フェイド アウトを使ってかき鳴らす。
 それに合わせていたヨッチンのドラムとコウジのシンセ ドラム、シンのベースが加わり、ギターのナチュラル ハウリングの頂点を合図に、やがて雄大な大海原のイメージのリズムを刻み始め、波頭がきらめく、見渡す限りの大海原を風が疾走するようなアップ テンポをたたき出し、それに乗ってショウヤのシンセサイザーとユウキのギターが、ハイ トーンでゆったりとした伸びやかなリフの絡みを弾き出す。
 レーザー ライトが目まぐるしく跳び回り、次の瞬間暗闇と静寂。
 そして新たに刻まれるミディアム テンポのリズムに乗った、ユウキが奏でる穏やかで深みのあるダブル ネックの一二弦ギターをバックに、ショウヤの指が美しいピアノのアルペジオを産み出す。
 アイコの頭上からスポット ライトの灯が一筋落ちた。

 ステージのフラッシュに劣らないほどのカメラのフラッシュがたかれる。
《さあ、アイコ、こいつらの度肝を抜いてやれ》
 スポット ライトの中のアイコはあのポーズで頭上を仰ぎ見て、眼を閉じていた。
 何と至福に充ちた顔。
 あれが病気に冒され、死と隣り合わせに生きる人間の表情か。
 いや、死の恐怖に怯え、悩み、苦しみ抜いた後、それを乗り越えた人間だからこその、全てを受け容れる優しい表情か。

  アイ セイ イエス アイ ラブ ユー
     
「な、何だっ? おい、だ、誰だっ?」
「ゆ、有名なヴォーカリストかっ?」
 
  貴方に遭えて良かった

「いや、見た事も、聴いた事もないぞっ」
「すげえ、な、何て声だっ」
 客席から、関係者のどよめきが聴こえた。
 おれはヒロシと眼を合わせて笑い合った。
 ヒロシの横に座っていたカミュ レコードの専務が驚いた表情で、ウイスキーのグラスを口に運ぼうとしたヒロシの腕を掴み、何か耳打ちした。
 カメラマンがカメラを構えるのも忘れて、アイコを凝視している。

 

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