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ハートフル

ファイナル チューン [5]

   

 ふと客席を見るとハンカチを持って涙をふいたり、鼻をすすったりしているのが、あちこちにあった。
 誰もがアイコの歌に、ファイナル チューンの演奏に感動しているのだ。
《ファイナル チューンは絶対売れる。このツアーは絶対成功する》
 おれは身体中に力が漲るのを感じていた。

 

 
 ワールド イズ
 ユアーズ アンド マイン
 フュチュア イズ
 ユアーズ アンド マイン

 君の涙を見たら すごく悲しくなった
 君は今そこにいて 何を思うのだろう
 涙を流す為に 生まれた訳じゃない
 悲しみを背負う為に 生きる訳じゃない

 シンプルだからこそ、歌の上手い下手がはっきり分かる。
 他の五人が弾き出す様々なパーカッションをバックに、ヨッチンのドラム ソロが入る。
 一〇歳の時からジャズ ドラムを習っていただけあって、有名なプロのドラマーに決して引けは取らない。
 再び、四人のコーラスをバックにアイコが歌う。

 ワールド イズ
 ユアーズ アンド マイン
 フュチュア イズ 
 ユアーズ アンド マイン

 君の微笑を見て すごく嬉しくなった
 君はそこにいて ぼくはここにいて
 この地球の未来は いつだって
 君とぼくがつくるんだ

 ワールド イズ
 ユアーズ アンド マイン
 フュチュア イズ
 ユアーズ アンド マイン

 アイコはバック コーラスを意識しながら、感情を抑え気味に歌う。
 こういう地味な曲でも、アイコの歌い方の魅力が引き立つ。
 ふと客席を見るとハンカチを持って涙をふいたり、鼻をすすったりしているのが、あちこちにあった。
 誰もがアイコの歌に、ファイナル チューンの演奏に感動しているのだ。
《ファイナル チューンは絶対売れる。このツアーは絶対成功する》
 おれは身体中に力が漲るのを感じていた。
《後は、アイコの身体が持つか。何時発病するか、だ》

 ステージはどんどん進行し、新たな演奏が始まり、終わる度に場内の熱気と興奮はどんどん昂まって行く。
 上の階の一番奥の方の席でも、座ったままで聴いている者はほとんどいなかった。
 最後の曲は、組曲《明日へ》だ。
 客席は皆総立ちで身体を動かし、手拍子をしている。
 客席全体が波のようにうねっている。
 もうこの会場の全ての観客がファイナル チューンの虜だ。
 ツアーの初日は大成功だ。
 アイコは大丈夫か?
 大丈夫だ。
 汗はかいているが、微笑んでいる。
 表情も生き生きしている。

 ラーヴ

 アイコの最後のシャウトが終わる瞬間、ステージのライトが消えた。

 ステージが明るくなり、全員がステージの一番前に並んでハイ タッチしたり、肩を抱き合ったりしてから、ショウヤがマイクを握って挨拶した。
「今日はおれ達ファイナル チューンのライヴ ツアー初日のコンサートに、こんな大勢来てくれてありがとう」
 客席はアンコールを要求しての手拍子と脚踏みで、会場が揺れ動いている。
 前評判が高く、これだけの観客を集めたプレッシャーの中で、緊張する事も、あがる事もなく、全員精一杯の演奏をした。
 おれには絶対出来なかっただろう。
「こいつら、相当のプレッシャー、感じてるはずなのに、逆にプレッシャーを緊張感に生かして、最高の演奏をしやがった。全く大した連中だぜ」
 ヒロシがステージに見つめたまま微笑んで言った。
「マスターッ、や、やったぜっ。すげえ反応だっ」
「めでたい、めでたい」
「最高の気分っすよっ」
 メンバーがおれ達の方に、走って来た。
 皆喜びに満ち溢れた表情をしている。
「皆、良くやった。最高だったぞ。アイコ。大丈夫か?」
 アイコが一番最後に戻って来て、ヒロシの胸に跳び込んだ。
「大丈夫よ。たった今からでも、同じくらい歌えるわ」
 アイコはヒロシに抱き付いたまま、汗にきらめく顔だけ上げて、皆を見回した。
「さあ、アンコール、行くぞっ」
 おれは皆の肩を叩いて、もう一度ステージに送り出した。

 メンバーがステージに上がり、持ち場に着くと、照明が消えた。
 その瞬間、場内の手拍子と脚踏みが地鳴りのような歓声に替わり、コウジがシンセサイザーでストリングス オーケストレーションを、ショウヤがピアノ ソロを奏で始めると、場内がしーんと静まり返った。
 会場全体を、客席の隅々までまばゆいばかりの照明が駆け巡り、ステージにきらめくような四色のレーザー照明が走る。
 アンコール曲は《シャイニング レディ》。
 ヨッチンとシンがゆったりしたミディアム テンポを刻み出すと、ショウヤのピアノをバックにユウキのギターとコウジのヴィブラフォンが絡み合うようなソロを繰り返す。
 アイコがマイク スタンドを両手で握って歌い始める。
 アイコがワン コーラス歌い終え、ショウヤのピアノ ソロが始まると、激しい拍手と「うおーっ」という雄たけびが客席から起こる。
 客席で涙を拭くハンカチの数が一気に増えた。
 最後のリフレインの部分に来ると、アイコはステージ最前部を横に走り、客席に向かって手拍子を求めながら叫んだ。
「一緒に歌って!」

 シャイニング レディ
 光の中で
 シャイニング レディ
 愛の海を往け

 ショウヤの雄大なストリングス オーケストレーションをバックに、アイコのヴォーカルを追い駆けてユウキの伸びやかなハイ トーンのギター ソロが絡むように鳴り響く。
 客席が曲のテンポに併せて、寄せては引いて行く波のように揺れる。
 シンのベースとヨッチンのドラムスだけを残してショウヤ、ユウキ、コウジも演奏を止め、ステージの最前部まで出て来て、手拍子を打ちながら歌い、客席をあおる。
 何時終わるともない、満場のコーラスがホールを揺るがし響き渡った。

 

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