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歴史・時代

東京探偵小町 第四話「父の形見」 <1>

   

「お嬢さん、それは?」
「このあいだのお誕生日に、父さまからもらったの。お手紙には、『勇気が必要なときに、この箱を開けてみなさい』って書いてあったわ」

小説版『東京探偵小町
第一部 ―怪盗編―

Illustration:Dite

 

「煮ても焼いても食えねェものは、東京巡査と栗のイガ、ってな。頭数揃えりゃいいってモンじゃねェだろうが」
 重い木刀を肩に担いだ和豪が、サーベルを下げて居並ぶ制服巡査たちを見渡して、昔のはやり歌を口ずさむ。倫太郎が語気を強めてたしなめると、和豪は聞こえなかった振りをして、くるりと木刀を回した。
「倫ちゃん、今、何時?」
「もうすぐ八時半です。そんなに緊張していたら、持ちませんよ、お嬢さん」
 必死の説得が奏功し、時枝は道源寺の許可を得て、警察と共に松浦時計店の警護の任に当たらせてもらうことになった。娘はおろか、妻帯もしていない道源寺にとって、時枝のような愛くるしい少女に抱きつかれるというのは、驚天動地の大事件だったに違いない。結局、道源寺は「帝都の治安を守るとはどういうことか、よく見学して行きなさい」という言葉を以って、時枝に残留の許可を出したのだった。
「ンだよ、どーした、どーした。怖気づいちまったか?」
「本当に、さっきまでの元気はどこへやら、ですね。大丈夫、これだけの厳重な警備、二重三重の強固な関門です。さしものアヴェルスも、『今夜は日が悪いな』なんて言って、帰ってしまうかもしれません」
「うん…………」
 倫太郎にいくら励まされても、時枝はどうしても緊張を解くことができなかった。探偵事務所を引き継ぐと決めたからには、父の遺業を果たすまではいかなくても、せめてアヴェルスの犯行だけは食い止めたい。そう思い、倫太郎や和豪と共に警護の手伝いを申し出たものの、アヴェルスの犯行予告時刻が近づくに従い、時枝はみずからの行動を悔やみはじめていた。
 それは決して、アヴェルスに対する恐怖からではない。
 自分自身の非力さゆえだった。
 本職の刑事や巡査たち、そして父の助手として何年も活動してきた倫太郎や和豪に比べて、時枝はあまりにも無力であり、また無知でもあった。ここでアヴェルスの襲撃を待ち受けていても、時枝にできることなど、本当は何もない。むしろ、この上なく邪魔で厄介な存在なのだということに、時枝はやっと思い至ったのだった。
(どうしよう)
 時枝は顔を上げ、道源寺の姿を探した。
 道源寺は部下の柏田と共に店内図を覗き込み、人員配置に手薄なところがないか、予想される侵入口はどこかなどを再確認している。そんななか、ふと柏田が顔を上げ、時枝を見た。視線がぶつかり、時枝は少し戸惑ったが、柏田のほうはにこっと笑ってうなずいてくれる。倫太郎や和豪と同じく、自分を安心させようと気遣ってくれているのだと思うと、時枝は急に、いたたまれないような気分になった。

 

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