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ハートフル

ファイナル チューン [6]

   

 曲の最後の絶叫。
 アイコが声を出し続ける。
 何時もシャウトを切る処でも、アイコは延ばし続ける。
 メンバー全員がアイコを振り向いた。
 何も知らない大勢の聴衆は、感動して大地を揺るがすような歓声が起こった。

 

 東京ドームを終えた翌朝、北海道へ飛んだ。
 最初のツアーと同様に、北から南に向かってツアーを開始する。
 何処の都市でも、そこで最もキャパのある会場を選んだにも拘わらず全て満席で、一度目と比較にならないほどの大歓迎を受けた。
 仙台のコンサートは大雪に見舞われ、電車もバスも運行を中止したが、大雪の中をコンサート会場まで歩いて行こうとする大勢のファンの姿を、地元のテレビ局やラジオ局、ケーブルTV、FMなどがニュースで採り上げ、それを知ったおれ達が急遽、「会場が満員になるまで演奏を始めません。演奏は必ずやります」と流してもらい、開演を二時間遅らせた事で、開演までに超満員になり、普段以上に盛り上がって大成功を収めた。
 また後援してくれていた自動車メーカーが、系列のリース会社、レンタル会社に手配してバスを何十台も、降雪の収まったコンサートの終了後に繰り出し、ファンのほとんどを無事に送り届けてくれ、それも翌日のニュースになった。
 関東で梅が咲き、関西で桜吹雪が舞った。
 金沢では激しい風雨の中での屋外コンサートだったが、地元のコンサート スタッフを臨時で三倍に増やして全員で機材とステージを必死で守った。
 観客はずぶ濡れになってさえ、コンサートを満喫してくれた。
 四国で梅雨入りし、九州に入る頃には汗ばむような気候になった。

 アメリカ、イギリスでヒットし、さらに欧米諸国でも売れ始めたお陰か、デビュー CDがついに三〇〇万枚を突破、新しい二枚組のライヴ CDは早くも二〇〇万枚を突破、DVDも一〇〇万枚に迫る勢いで、増産体制に入った。
 元々ファイナル チューンの音楽性は欧米のロック ファンに好まれるものだったが、それでも驚異的な売れ方だった。
 そしてもっと驚いた事に、沖縄のラスト コンサートのチケットは既に二〇万枚を突破していたが、さらに売れ行きが急激に伸びていたのだ。
 沖縄のラスト コンサート。
 最初はそれなりに大掛かりではあるが、普通のコンサートの予定だった。
 しかし予定日がお盆と重なり、さらに日曜日になった事もあったが、ある時、大手の旅行代理店から、沖縄の観光ツアーとコンサート チケットを組み合わせた商品を売り出したいというオファーがあった。
 願ってもない話だったし、おれは二つ返事でOKを出した。
 ところが五〇〇の定員があっと言う間に売り切れ、追加でさらに二〇〇〇枚が売れた。
 その事自体が話題になり始めたせいで、他の旅行代理店からもオファーが殺到し、さらに驚いた事に海外、アメリカ、イギリスなどの代理店でも同様のツアーが売れ始めて五万枚以上が売れ、さらにマスコミの記事になった。
 それがまた、チケットの売れ行きに一層拍車を駆けたのだった。

 そして全米ヒット チャートのシングル部門で《シャイニング レディ》のライヴ ヴァージョンが、坂本九の《上を向いて歩こう》以来、日本のミュージシャン、日本の曲として久しぶりにナンバー ワンにランクされ、二枚目のCDはアルバム部門で二位にランクされ、欧米でもCD、DVDの売れ行きは一層伸びて行く様相を見せていた。
 その相乗効果だろうか、さらに旅行代理店のツアーは増やされ続けて、通常のコンサート チケットも含めると、六月末で四〇万枚が売れていた。
 予測では、最終的に八〇万枚という数字さえ挙がっていた。
 複数のアーティストによるコンサートなら未だしも、一つのグループで、それも昨年までは無名だったバンドにしては、驚異的な数字だった。

 コンサートはせいぜい最大で三〇万人規模と考え、それでもその倍以上のスペースがある米軍基地の跡地で予定していた会場も急遽変更して、もっと大きな民間の、牛や羊を放牧する農場を借り切り、そこでやる事になった。
 沖縄はとんでもない事になりそうな予感があった。
 おれ達のツアーは一層熱を帯びて行った。

 そして福岡ドーム。
 ここを終えたら、後は一気に九州を南下し、最後の沖縄を残すだけだ。
 おれ達は絶好調だった。
 ここでも大観衆と熱狂的な声援がおれ達を迎えた。
 コンサートは最高潮のまま終え、アンコール曲に入った。
 イントロが始まった。
 運命の時はその瞬間だった。

 アイコが動かない。
 眼を閉じて顔を上向け、突っ立ったままだ。
 観客は何も判らないが、メンバーとスタッフだけは全員気が付いた。
 ここでは何時もなら、アイコがステージの最前部まで出て横に動きながら、会場の観客に手を振って挨拶するはずだ。
 それなのにアイコはモニター スピーカーの横で、何時ものようにマイク スタンドを握って眼を閉じ、動かない。
 アイコの異変に気付いたファイナル チューンのメンバーが、にこやかに演奏しながらもヒロシを見る。
 ヒロシが観客に気付かれないように、彼ら全員と視線を送り合う。
《おれがギター ソロを奏る。皆併せろ》
 ヒロシが自分のギターを指差して、サインを送った。
 メンバー全員がうなずく。
 イントロが終わる寸前、ヒロシがステージの最前部まで走り出て、自分のオリジナル曲のイントロのフレーズを入れた。
 ファイナル チューン全員が一斉にアドリヴで併せた。
 ヒロシのファンでなくても、誰でも知っている、かつて新車のCM ソングで火が点き、大ヒットした有名な曲だ。
 その瞬間、満席の会場で、爆発するような歓声が起こった。

 勿論ファイナル チューンのメンバーも知っている曲だし、アドリヴで合わせられる技術も持ち合わせている。
 ヒロシの超技巧を駆使した素晴らしいギター ソロが始まると、観客席から一際大きな歓声と拍手が起こった。

 

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