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歴史・時代

東京探偵小町 第四話「父の形見」 <3>

   

アヴェルスの挑発に、時枝がキッと顔を上げる。
体の震えがピタリと止まり、時枝は再度、拳銃を構えた。
「あなたなんかに、『亜細亜の夜明け』は渡さない。絶対に!!」
「勇ましいな。気に入ったよ!」

小説版『東京探偵小町
第一部 ―怪盗編―

Illustration:Dite

 

「ほら、起きて、起きるの! 寝ちゃだめだったら!」
「ンなこと、言ったってよ」
 よほど良く効く薬なのか、時枝がどれだけ大声でわめいても、床に倒れ伏している巡査たちはピクリともしない。時枝は柏田にも声をかけてみたが、閉じたまぶたが開かれることはなかった。
「珈琲をいれて下さったのは、たしかに、ここの店員さんでしたし……まさか、睡眠薬が仕込まれているだなんて、思いもしませんでしたから」
「道理でさっきの野郎、ランプを取りに行ったまま……戻ってきやがらねェわけだ」
「何か、暗示でも……かけられて、いたんで、しょうかね」
 次第に言葉が途切れ途切れになるのは、二人揃って猛烈な眠気に襲われているからだろう。やがて、壁に背中を預けてなんとか立っていた倫太郎が、しきりに目をこすりながら、ズルズルと床にへたり込んだ。木刀を支えにしていた和豪も、ついに膝を折る。
「やだっ、倫ちゃん、わごちゃん、しっかりして!! 同じ相手じゃないの、前にもこういうことがあったんでしょう?!」
「いえ……アヴェルスが、こんな手を使ったことは……一度も」
「ああもう、目を閉じちゃだめだったら!」
 肩を揺さぶって何とか起こそうとするものの、倫太郎はやがて力なく目を閉じた。和豪も木刀を握ったまま、今まさに眠りの淵に身を投げようとしている。
「すまねェな、大将……ふわ……ちっと、油断、しちまった」
「道源寺警部が……無事に、戻ってきて……くれれば……いいんですが」
「何よ何よ、さっきは二人して、あんなに偉そうなことを言っていたくせに! これじゃあ男爵との約束が守れないじゃない。みどりさんが悲しむじゃないの。ねえ、寝ちゃだめだったら!!」
「いたた……お、お嬢さん」
 肩を叩いても、思いっきり頬をつねっても、二人のまぶたは開かない。時枝は、もう自分しか守る者のない、金庫代わりの作り付け戸棚に目をやった。さっきの殺人事件もアヴェルスが引き起こしたものだとしたら、道源寺は恐らくアヴェルスの罠にかかり、刻限になっても戻らないだろう。時枝は頼りにならない二人を打ち捨てると、戸棚にビタッと張り付いた。
「もういいわ! こうなったら、あたし一人で頑張ってやるんだから!」
「おう、大将……その、意気だ」
「すみません……お嬢さん……僕ら、役立たずで」
「二人とも、帰ったらただじゃおかないんだからね!」
 アヴェルスが狙う「亜細亜の夜明け」が入っているのは、最下段の引き出しだった。その鍵の在り処は、責任者である道源寺だけが知っている。作り付けになっている以上、いかにアヴェルスとて、戸棚ごと盗み出すのは難しいだろう。今は、それに賭けるしかなかった。
「倫太郎…………」
「なん、ですか」
「眠気、覚ましに……殴り……………………」
 和豪の言葉はそこで途切れ、寝息に変わった。倫太郎からの返事もなく、二人は完全に意識を手放してしまったようだった。
(だめだわ。あとはあたしが頑張らなくちゃ)
 時枝は胸の十字架を握り締めると、ポケットに収めた、父の形見の拳銃を確かめた。弾は入っていない、でも、脅しだけでいい。いつかのキネマで観たように構えれば、少しはさまになるだろう。

 

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