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ミステリー・SF・ホラー

僕のぬいぐるみ 02:ア オ

   

拓海の知るそのトンネルは、もっと真っ暗で、もっと長くて、向こう側なんてまるで見えない、永遠のようなものだった――。

 

 
 荻野のクマの目は、ビーズから四つ穴の平ボタンへと変わった。顔の形の歪さも、ボタンのインパクトでだいぶ和らぎ、いわゆるまともなクマになった。
「ありがとう、三河くん」
 荻野は嬉しそうに言って、家庭科室の隅、拓海の隣でクマの体を縫い進める。拓海としては、直す前の、目が垂れ下がった歪なクマのほうがどことなく生きている感じがして良かったのだが、荻野本人はボタン目のクマをいたく気に入ったようだった。
 荻野の隣で、拓海は大きなクッキー缶を漁る。部員たちが使えそうな端切れや、使わなかったボタンを収納しておくものだ。荻野のクマの目もここから発掘した。と言っても、長らく補充者も使用者もいなかったのだろう。缶の中身は妙に古臭いものばかりだった。
 拓海のクマは、もうほとんど出来上がっている。手のひらに座らせることができるサイズの、青いクマだ。これの首に、白い、出来ればレースのリボンをつけてやりたい。そう思っていたのだが、生憎缶の中にはちょうど良い長さの白いリボンは入っていなかった。
「私、赤いリボンが好きだな」
 ふと、荻野がそんなことを呟いた。缶の中には、ちょうど真っ赤なリボンが入っている。拓海はそれを摘まんで荻野に渡した。けれども、荻野はそれを受け取らない。
「私は、もう、買ってあるから……」
 少し頬を染めて、荻野は作業台の隅に置いた鞄から、赤いギンガムチェックのリボンを取り出して拓海に見せた。きっと生地と一緒に買ったのだろう。荻野のクマは薄いベージュ色なので、そのリボンはよく似あいそうだ。
「確かに、そっちのほうがいいね」
 拓海は言いながら、ただの赤いリボンを缶の中へと戻した。すると、荻野が少し残念そうな顔をする。……荻野は時々、少し不思議な反応をする女子だ。とは思ったが、大体の女子はたぶんきっと拓海とは全く別の世界を見て日々を生きているので、荻野が少し不思議でも、拓海はあまり気にしなかった。
「三河くんは、えっと、何色が好き?」
「……なんだろう。黒とか、オレンジとか」
 少なくとも、赤ではない。そう言いそうになったがそれはやめた。別に赤が嫌いなわけではないが、それは拓海にとって、決して愉快な色ではない。
 なら、どうして、青いクマなの、と荻野は聞いてきたが、拓海はそれに明確な答えを返さなかった。なんとなく、とか、べつに理由はない、とか、そのようなことを適当に答えたと思う。実際のところ、拓海にもどうして青い生地を選んだのかはわからなかった。
「じゃあ、僕、帰るね」
 荻野にも縫い方を教え終えたので、拓海は早めに部室を出ることにした。荻野は何やら慌てていたが、拓海は端切れの缶を棚に戻すと、そのまま家庭科室を後にした。
 どうして、青いクマなのか。
 廊下を歩き、校舎を出ながら、拓海は荻野に聞かれたことについてぼんやりと考える。
 拓海が青いクマの生地を購入したのは、昨年末のことだった。母の付き添いで手芸屋に行った際に、たまたまに目についた生地がそれだった。その時は、特に何かを作らなくてはいけないということもなかったのだが、どうしても目についてしまったそれを買わなければならない気がして、部活で使うと話して母に購入してもらった。以降、しばらく部屋に置きっぱなしになっていたものを、今回の文化祭に合わせて使用してみることにしたのだ。 
 それならば、なぜ、その生地を買わなければならないと思ったのか。
 呼ばれた、としか、言いようがない。その色に、拓海は呼ばれてしまったのだ。青は、絶対的な色だから。
 拓海にとって、青は揺るぎないものを象徴する、謎の何かだった。不確かなくせに、絶対的。まさにアオそのものだ。アオが、拓海の現実を脅かす時、それは鮮やかな蒼い色となって拓海の前に現れる。
 だから、その蒼を手に納めて、限りのあるものに形作ってしまって、動かないことを、ただのモノであることを確認して、安心してしまいたかったのかもしれない。
 明確な意図を持っていたわけではなかったけれども、なんとなく、そうできたらいい、くらいは思っていたような気がする。どうせそのうち、いずれは、折り合いをつけなければならないものだ。
 ――ただ、それが、自分のためのものであるのかは、やはり正直、よくわからない。
 

 

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