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立ち枯れ 10

   

 月、綺麗だね。

 夜空に凛と輝いて見える。

 まるでキミみたいだ。

 笑っちゃう。

 俺……あれが欲しかったのかな。
 

捻くれ、捩曲がり、心を閉ざし……
毒しかまき散らしてこなかった。
愛された記憶もない。
愛したこともない。

その男は、自らの孤独に気づくこともなく生き、気づけないまま、目を閉じた。

 

「結婚なんかしてないわ!」
 柏木の反論に、幸恵が思わずと叫ぶ。その叫びに驚いた柏木が静かに振り向くと、幸恵はわなわなと震えていた。なぜ、彼女はそんなことを言うのだろう? いや、たしかに、正式に婚姻届は出していないし、式もあげていない、それを怒っているのか? それはそれで可愛いが、今そんなことを言われては困る。柏木は視線を逸らそうとする幸恵を目で追い、宥めるように右手を差し伸べた。
「ああ、そうだね、式がまだだ、すまなかったね、忙しかったもので……大丈夫、すぐ籍は入れてやる、式も、少し後になるがちゃんと挙げよう、心配しなくていい」
「やめて! 頭がおかしくなりそうよ、私はあなたとそんな約束をした覚えはないわ!」
「なにを言ってる? キミは喜んでくれただろ? 俺を受け入れた、俺に抱かれるのが好きだったはずだ」
「違うわ!」
「違う?」
「私は、怖かったのよ、逆らったらどうなるかわからない気がして……怖かったの!」
 爆発するようにそう叫んだ幸恵を、その後ろにいた悟が抱きしめる。幸恵はその腕に縋り、嗚咽していた。
 これはどういうことだ? 幸恵はなにを言っている? なぜ悟が釈放されたんだ? 誰がストーカーだって?
 振り返り、ひしと抱き合う幸恵と悟を見つめる。若い二人がはしたなく抱きあう姿は、グロテスクな春画のように厭らしい。悟を見つめる幸恵と、厳しい目をして柏木を睨む悟の映像が、柏木の目の中で万華鏡のようにくるくると回った。まるで子供が水の中で絵の具を掻き混ぜるときのように、二人の着ている服や肌が、様々な色の渦となり混ざり、崩れていく。忽ち世界は混ざり合った絵の具に染め上げられ、赤黒く変わる。腐りかけた玉葱のような腐臭を放ち、グズグズと溶け、崩れていく。その中で、幸恵の赤いドレスだけがくっきりと映った。
 赤いドレスは赤い口紅に似て、その形さえ変える。ブヨブヨと蠢きながら、その姿は巨大な唇に変化し、その肉厚の唇は笑うように歪んでは柏木になにか語りかけた。だが声が聞こえない。
「幸恵さんは、貴方が警察官だと知っていた、だからなかなか公には出来なかったんです、でも怯えていた、だから不確かな情報だけを持って警察に話したんだ、それが抑止力になればいいと思って」
 抱きあう若い二人を食い入るように見つめる柏木の後ろで、柴崎が話し続ける。だがそれは柏木の耳には届かなかった。柏木の目は幸恵だけを見つめ、耳は幸恵の声だけを追っている。それだけ彼女を愛していたのだ。それに気づいた柴崎は、唇を噛み締め、首を振る。
「柏木さん、貴方は愛する幸恵さんと親しく付き合う宮田悟が憎かったんだ、どうにかして消してしまわなければ気がすまなかった、だから自分の持っていたクスリを宮田さんに持たせ、いかにも彼が持っていたかのように陥れたんだ!」
 その叫びには、さすがに柏木も反応し、ビクリと震えて柴崎へと振り返った。暴き立てられた下心を目の前に並べられ、怒りでブルブルと身体が震えているのが、離れて見ていた悟にもわかった。
 
 
 

 

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