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アラユル保険

   

スポーツ万能で空気と人の心が読めない会社社長、今口 京介は、ぼうっとしていたところに不良に絡まれ、弾みで相手を殴り倒してしまい、相手をキレさせてしまった。このまま乱闘になってしまったのでは社長としてはもちろん、社会人としての信用も台無しだ。と、その時、黒のスーツを着たにこやかな、体格の良い男がわって入ってきた。

口八丁で不良を退けたスーツの男は、気分直しにと一緒に入ったバーの中で、「アラユル保険営業担当、矢島 太一」と記された名刺を今口に差し出してきた。

何でも彼らは、事故や病気だけでなく、浮気や無断欠勤、酒を飲んでの喧嘩など、ありとあらゆる事態に対応できる保険会社なのだという。

半信半疑の今口は、成立が厳しそうな「商談」への保険を頼んで仕事に戻った。案の定、商談は失敗だったが、すぐさま矢島から連絡が入り、商談に使った時間や経費、そして収益見込みを加味した保証金を支払ったとコメントされた。通帳を確かめてみると確かに、先ほど支払った額の五倍もの金が振り込まれてあった。

大喜びした今口は、あらゆる局面で保険に加入し、活用していくことになったのだが……

 

「てめえ、覚悟はできてんだろうな。おお」
「怪我した相手をさらに殴り飛ばすような野郎に遠慮なんかする理由はねえんだよ、こっちも」
「金だけじゃ済まねえぞ! オラッ!」
 今口 京介は、いかにも柄の悪そうな男達に取り囲まれ、怒声を浴びせかけられていた。
 連中の傍らには一人の男が倒れている。軽い脳しんとうのようで、立ち上がる気配はまったくない。
(あーあ、参ったよな、本当に)
 今口は心底苦々しく思いながらもそれを顔には出さず、余裕の視線で周りを見回した。
 それだけで、今口よりも頭一つ以上小さい男たちは、若干後ずさりする。
 貿易商社の社長である今口は、会社だけでなく体格も大きいと話題になっていた。
 身長二メートル以上、体重百三十キロの巨体である。しかも空手や柔道、レスリングといった格闘技に熟達している。
 当然、普段だったら絡まれるようなことはないのだが、今日は事情が違った。彼女とのデートに合わせて、全身、完全オーダーメイドのスーツやシャツに身を包み、靴とネクタイに至っては純金を織り込んでいる上、家が一軒ぐらいは購入できそうな腕時計と財布を身に着けているのである。
 それらの装飾品は彼女への浮気のお詫びとサプライズとして渡す予定だったのであるが、装備していたのが悪かったのか完全に機嫌を損ねられてしまい、ぼんやりと街を歩いていたところに、不良たちの集団に絡まれてしまったというわけだ。
 完全にキレた彼女に車を乗り逃げされなければこんなことにはなっていなかったはずだが、今口の方にも油断があったのは確かである。
 金銀、あるいは黒服や装飾品をぎらつかせ続けながら街をぼんやり歩く巨漢の姿は、扉の開いた現金輸送車が時速十キロで走っているようなものだ。
 悪い事に抵抗の少ない不良たちが反射的に絡んでくるのも半ば当然だった。そして、幼少時から今に至るまで、「考える暇があったらすぐ殴る」という超直情的ファイトスタイルを通してきた今口が、街中で因縁をつけられるという緊急事態に際して、遠慮なしの一撃を見舞ってしまったのもまた、反射的な観点からすれば当然だったと言えよう。
 しかし、そうした必然の結果として、今口は「街の喧嘩で完全に相手をのしてしまった」という不名誉に直面している。
 ワルを売りにしている二十歳そこそこの若者ならまだしも、地位も名誉もある商社社長がやったというなら完全な不品行だ。
 しかも、連中はいきり立っており、圧倒的に体格の良い今口を前にして、「仲間の借りを返す」気になっている。
 全員叩きのめすのは簡単だが、そんなことをすればいよいよ社会的に取り返しのつかないことになる。
 しかし、大人しく殴られていては、すぐ後に控えた大事な商談に差し支えるだろう。
 どうすればいいのか、普段仕事では常に即断し続けている今口ではあるが、答えを出せずにいた。

 

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