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歴史・時代

東京探偵小町 第四話「父の形見」 <4>

   

大きく身じろぎした時枝の胸元から、形見の十字架が顔をのぞかせ、淡い光を放つ。銀鎖と十字架の触れ合うかすかな響きに、何かが焦げつくような音が混じり――アヴェルスがぐっと呻いて、剣を取り落とした。

小説版『東京探偵小町
第一部 ―怪盗編―

Illustration:Dite

 

 その瞬間、自分の身に何が起こったのか――時枝には理解できなかった。気づいたときには、自分の身は倫太郎たちから離れ、敵の手中に陥っていた。
「いやっ、離して! 離してよ!!」
「大将! てッめェ、大将に何しやがるッ!」
「わたしのかわいい探偵小町くん、そう暴れないでくれたまえ」
 時枝の細腕を掴んだ瞬間、手のひらに焼け付くような痛みを覚え、アヴェルスは「クリスチャンか」と胸のうちで舌打ちをした。だが、その痛みをこらえ、アヴェルスは眉すら寄せない涼しい顔で言葉を継いだ。
「わたしは子供の扱いに慣れていないものだからね……どうかすると、君の細い腕を折ってしまいそうだ」
 手のひらに感じる痛みをまぎらわすかのように、時枝の腕に、さらに強く指を食い込ませる。それがよほど堪えたのか、アヴェルスの腕から逃れようと必死にもがいていた時枝が、ついに苦悶の呻きを上げた。
「お嬢さん!」
「大将!!」
「姫君を無傷で返してほしくば、大人しく『亜細亜の夜明け』を出すがいい。さっきの店員から聞いたよ、『亜細亜の夜明け』は、あちらの金庫にはないのだろう?」
「だめっ。倫ちゃん、わごちゃん、絶対にだめだからね!」
「暴れてくれるなと言ったはずだよ、小町くん」
「だめよ、アヴェルスの言うことなんか聞かないで!」
「仕方のない子だ……『闇の公子よ』」
 これまでとは打って変わった低い声で、アヴェルスが何ごとかを囁く。それを耳にした瞬間、時枝は目を見開いた。
(うそ…………)
 体が、まるで凍りついてしまったかのように動かない。声も出ない。そんな時枝の様子に口の端を吊り上げ、アヴェルスは時枝の首に、つ、と手をかけた。そしてまるで倫太郎たちに見せつけるかのように、ゆっくりと時枝のネクタイをゆるめ、衣擦れの音をさせながらそれを抜き取った。
(や、だっ)
 ほとんど出ない声で、それでも必死に抗うものの、アヴェルスはクスリと笑うだけで意にも介さない。そして時枝の襟元を掴むと、力任せに引き裂いた。シャツの貝ボタンが二つ弾け飛び、やがて露になった首筋に、仕込み杖の抜き身の刃がピタリと当てられる。その光景に、時枝よりも倫太郎と和豪のほうが顔色を失った。
「アヴェルス、てめェ…………!」
「わたしは本来、血を見るのは嫌いなのだが……どうしてだろう、この愛すべき少女探偵の血なら、見てみたいような気がする。紅玉よりも色鮮やかな、美しい緋色に違いない」
「待って下さい!」
 倫太郎はサーベルを放り出すと、和豪を押しのけて叫んだ。
「僕らだって、男爵の一顆の宝石より、時枝お嬢さんのほうが何倍も大事です! でも、いくら金庫を開けたくても、肝心の鍵がないんですよ! この金庫の鍵は、あなたがどこかで足止めを食らわせている、道源寺警部が持っているんです」

 

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