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アストラジルド~亡国を継ぐ者~カーネット王国編 第35話 望んでなんかいなかった

   

陰謀と悪意、そして信じたものの為、幼き王女は立ち上がる。
王女と王子の運命を駆ける王国ファンタジー。

「…言ったでしょう。真実を知りたいと」

『アストラジルド~亡国を継ぐ者~』
【毎週 月曜日・金曜日に更新】

今は遠い記憶の中で、笑う。

 

 
 唐突に、それは私の頭の中で浮かび上がった。繋いだ手の温もりと共に、霞んだ砂嵐の中で、文字として輝きだす――――。何故かはわからない。それでも、この老婆の目の見開き方と震える体を見れば、私が口にした彼女の名が間違いではなかったのだと、嫌でもわかった。
 この老婆の名は『マーサ』だ。彼女は、その名を持って生まれ、死んで行く存在。

「マーサ…あなたは、マーサ…?」
「姫様…! そうです、マーサにございます」
「マーサ…!」

 何度も彼女の名を口にして、私は笑った。

 どうして、私は笑っているのだろうか。どうして、彼女のこの手の温かさを懐かしいだなんて思ってしまうのだろうか。私は一体どうしてしまったのだろう。彼女の名前が頭に浮かんだ理由がわからなかった。
 だが、そんな私を見て、マーサは優しく微笑み返してくれた。その小さな体に抱き締められて、私は目を閉じる。

「ああ、姫様。誠に…誠にあなた様は姫様なのですね」
「…ねえ、私…一体、どうして…」
「その笑みを向けて下さった。それだけで、私は……この年まで生き残った甲斐がありました……ありがたき幸せにございます」
「…………」

 嬉しそうに私のことを抱き締めて、優しく背を撫でてくれる彼女の言葉に、ゆっくりと耳を貸した。

 ――――砂嵐は、もう見えない。体も、もう動く。

 段々と落ち着きを取り戻した私は、気まずさと緊張から、マーサからゆっくりと身を離した。そして立ち上がり、躊躇いながらも彼女に手を差し出す。

「あの…突然、失礼な真似をしてしまって、ごめんなさい。さあ、立って?」
「…!」

 マーサは私の手を見つめて、何かを振り切るようにして一度目を閉じた。そして開き、私の手をそっと取る。

「では後程、お食事を持って参りましょう。それまでしばし、ごゆるりと」
「…マ、マーサ!」

 扉に向かった彼女を呼び止めて、私は深呼吸をした。そして、彼女の目を見つめて言う。

「手が空いた時で構わないから、私とお話をしてほしいの。お願い」
「…畏まりました、姫様」
「…ありがとう」
 

 

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