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SF・ファンタジー・ホラー

幻儚奇譚<8> 白い奇跡

   

 ホワイト・クリスマスに、貧しい善人に奇跡が起きて……。
 よく聞きますよね。
 この世界ではクリスマスに奇跡が起きるのです。
 幻儚の世界で奇跡が起きるのは、別な時です。

 

 守屋正治は、病床に横たわる妻の好子を見続けていた。
 好子の口元は、酸素吸入のマスクで覆われている。
 身体からは何本ものコードがモニターに伸びている。
 モニターに示されたバイタルサインは、正常値をはるかに下回っている。
 実際、好子の胸は、上下していない。
 ほとんど、呼吸をしていないのだ。
 病室の外は、嵐であった。
 雷が鳴り、風が唸っている。
 だが、病室の中は、静、それだけなのであった。
 もうすぐ夜が明ける――。
 その頃には……。

 守屋正治は、妻と過ごしてきた年月を思い返していた。
 それは、自分の歩んできた年月でもあるのだ。
 そしてその年月は、ほんの数行で書くことができる。
 可愛い娘との出会い。
 地方公務員としての就職。
 妊娠と流産。
 妻の飽食と糖尿病。
 これだけである。
 そして、自分の定年の日を、妻の病室で迎えることになったのであった。
 守屋正治は、死期を迎えている太った女性を見つめながら、自問した。
「一体、俺の人生は何だったんだろう……」
 もし、あのとき――。
 もし、という場面が、いくつも思い出される。

 

-SF・ファンタジー・ホラー


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