幻創文芸文庫 (β)

小説好きの創作小説を無料配信*スマホ対応

歴史・時代

大正恋夢譚 〜あやめ〜 <1>

   

(こんなふうに思ったら、いけないのに)
わたくしの心は最近どこかおかしい。時枝さまが、わたくしだけと仲良くして下さったらいいのにと、なかば本気で思ってしまうことがあるのだから。

小説版『東京探偵小町』外伝
―松浦みどり&道源寺大吾朗―

Illustration:Dite

 

 時枝さま

 学校のある日は朝から御一緒して、お休みの日にも、お会いすることがありますのに……こうしてペンを取りたくなってしまうのは、なぜなのでしょう。不思議ですわね。時枝さまとなら、いくらでも、いつまででも、おはなしをしていたいと思ってしまうのです。日本にいらした時枝さまにお会いしてから、まだほんのひと月ほどしか経っておりませんのに。
 わたくし、今日は父母と一緒に、音楽会に行く予定だったのですけれど……やめてしまいましたの。母には「頭が痛むので」と言い訳をしたのですけれど、我慢できないほどではなかったのです。頭が痛むという気がしただけ、なのかもしれません。

 いいえ、いいえ、本当は嘘なのです。
 わたくし、頭なんて痛くなかったのですわ。

 一昨日の夜のことです。
 母から、その音楽会に、さる子爵さまの御子息がいらっしゃると聞いたのです。それでわたくし、なんだか出掛けるのが怖くなってしまったのです。父も母も、こんなふうに事あるごとに、お見合いの真似事のようなことをしたがるのです。わたくしは、それが嫌でたまらないのです。
 こんなことを書いたら、時枝さまはお笑いになるでしょうか。
 わたくしは、まだ子供でいたいのです。勉強も体操も、あまり得意ではありませんけれど、それでも、もっと学校に通っていたいのです。いろいろなことを知り、いろいろなことを学びたいのです。時枝さまと一緒に学校に通うようになって、やっと心から、そう思えるようになったのです。

 子供だと言って、お笑いにならないで下さいましね。
 だって、時枝さまも、このあいだおっしゃいましたでしょう?
父がどんな縁談を持ってきても、決して「はい」なんて言ってはいけないと。わたくしも、本当にそう思っているのです。
 わたくし、縁談や結婚や、ましてその先のことなんて、小指の先ほども考えたくないのです。考え出すと、なんだか怖ろしくてたまらなくなってしまうのです。ですからわたくし、母が出掛けたあと、時枝さまのことばかりを考えておりました。あの坂を下って、どれほど時枝さまのお宅に行ってしまいたいと思ったことでしょう。

 明日を待ち遠しく思いながら、この日記を終えますわ。
 愚痴めいたことばかり書いてしまって、ごめんなさい。
 こんな心弱い子を、どうかお許し下さいましね。明日、時枝さまにお目にかかったら、こんな気分なんてすぐに吹き飛んでしまうと思いますの。ええ、この日記をお渡しする頃には、きっと。

6月18日  みどり

 

-歴史・時代

大正恋夢譚 〜あやめ〜< 第1話第2話第3話第4話

コメントを残す

おすすめ作品