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抜けた穴

   

 大和の見送りに出向いたレストランの面々。
 大和を見送って訪れた毎日はあまりにも忙しいものだった。

 

 

 年内の営業は12月30日まで行った。
 しっかりと全員で業務をこなして、その日の夜は行きつけのお好み焼き屋で忘年会をした。
 飲んで騒いで、なにも考えずに楽しい時間が過ぎていった。
 
 

 年が明けて、1月5日。
 大和が父親と、海外に発つ日。
 全員で見送りに行くと人数が多くなると思いながらも、その日はランチタイムを臨時休業にして全員で空港まで見送りに出向いた。
「みんな俺のこと大好きだなぁ!」
 嬉しそうに笑う大和。
 無理をしていないわけではない。
 しかし、無理にでも明るくしていないと、旅立てない。
 もう一歩大人になるために。
 まだ見ぬ世界を知るために。
 彼の門出を、仲間として家族として見送らなければ気持ちの整理がつかなかった。
 大和の家族も見送りに空港まで来ていたため、結構な人数の人間団子になっていて。
 広いロビーを先頭で歩いていく大和と父は、こころが温かくて仕方がなかった。
「いつもよりも華やかでいいな!お前はいい仲間と上司に巡り合えて幸せ者だよ。」
 大和の父は温かく息子に声をかける。
「そうだね。」
 本当に別れがつらいから、父の方を向く余裕はなかった。
 

 時間まで少し時間があったから、全員での雑談に花が咲く。
「帰るまで何年かかるの?」
「できるだけ早く帰るさ!技術がついて、ここに用がないなって思えばこっちに拠点を移すのはおやじにもいってるし!」
 泣きそうになっている諒の頭をなでながら、げんきを出せとニッと笑う。
「満足いく技術が付くまでなら、何年かかるやら。」
「ごもっとも!」
 和彩の毒に、父親が乗ってくる。
「うるさいな!一年くらいですんごい上手くなるかもしんないでしょ!?」
「一年ぽっちで技術が付くなら、みーんな上手なスーパー音楽家だな!」
「揚げ足ばっかとるな!いい歳して恥ずかしい!」
「お前から恥ずかしいとか言われるようなことは、一つも言ってないもーん!」
「くそ親父!」
 仲がいいやら悪いやらの親子関係は、昔も今も変わらない。
「ほら静かにしなさい!アナウンスが聞こえないでしょ!そろそろ時間じゃないの?」
 大和の母からのそれに、マスターが腕時計に目を落とす。
「そうですね。そろそろでしょうか。」
 ついに時間が来てしまった。
「行くぞ大和!乗り損ねる。」
「へーへー。」
 父に適当な返事をして、ピアノフォルテのメンバーに向かい合う。
 それぞれ一人ひとりと目を合わせていく。
 行ってらっしゃいとほほ笑むマスター。
 心治はやはり表情が変わらない。
 しっかりやりなさいと、気合を贈る和彩。
 もう泣きそうな諒。
 そのほか高校生の後輩や、厨房の戦友たちとも目を合わせて行って。
 最後に見つめた亜美の目は、少しだけ腫れていた。
「亜美。」
 両手を広げる大和。
 無理やり笑顔を作っていた亜美の目に、うっすらと涙が浮かぶ。
 大和の広げた腕の中に飛び込むことがなかなかできない。
 離れることが辛すぎて、足がすくんでしまっている。

 ──来れないかなぁ。

 クリスマスは見事に泣かせてしまった。
 今日も泣かせてしまいそうになっている。
 笑ってほしいのに。
 いつもあんなに元気な笑顔の亜美なのに。
 今はこちらすらまっすぐは向いていない。
 目が合わないのだ。
 顔はこちらに向いているけれど、目はどこを見ているのかわからない。
 顔は笑ってはいるが、心では泣いている。
 だから。
 大和がすたすたと歩いて行って、亜美の行きつく間もなく亜美を抱き込んだ。
「…、ふぇ…?」
 大和の肩から、やっと亜美の目が出ている。
 何が起きているのかわからない。
「すまんね。ほんとに。すぐ帰るから。待っててくれな。」
 耳元から聞こえてくる大和の声が、少し震えている。
「すぐ帰る。3年以内には戻るからな。約束するよ。」
 ぎゅっと背中を抱き締められて、亜美の息が詰まる。
「…大和、苦しい。」
 亜美にとってはムードよりも呼吸が大切なのである。
 死んでしまっては敵わない。
「ああ、ごめん…。」
 つい力が入ってしまい、苦笑いしながら大和は亜美から離れた。
「ちょっとじっとしてて。」
 そういって少し腰をかがめて亜美の後ろ首に両腕を回した。
 ウっと目を閉じたが、亜美の想像してしまったそれではなかった。
「とりあえず夏には帰るから。」
 そう言いながら大和が亜美に贈ったのは、小さなハートのネックレスだった。
 まさかこんなことをする男だとは思っていなかった。
 いつもおちゃらけていて、女心なんて考えもしてないし知りもしないと思っていた。
 そんな大和からの贈り物。
 ただただうれしかった。
「風呂以外はつけとけよ!」
 ニカッと笑う大和につられて、亜美も笑う。
「早く帰れよ!」
 ようやく笑ってくれた亜美に、大和は背中を押されて仲間たちに手を振った。
「行ってきまーす!!」
 明るく旅立つ大和。
「行ってらっしゃい!」
 明るく見送るみんな。

 笑顔で送別が完了したのだった。
 
 
 

 

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