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歴史・時代

大正恋夢譚 〜あやめ〜 <2>

   

「それはとても立派な心がけですが……神さまは『ただ黙って聞いて下さる』だけで、あなたと一緒に悩んではくれませんよ」
御祇島先生は小さく笑うと、まるで通せんぼをするかのように前に立った。

小説版『東京探偵小町』外伝
―松浦みどり&道源寺大吾朗―

Illustration:Dite

 

 やるせない気持ちのままその日の授業が終わり、放課の鐘が鳴った。それぞれにお掃除を終えてお教室に戻ると、時枝さまはわたくしに「校門のところで待っていて」と言って、五年級のお姉さまからのお手紙に書いてあった、裏門の鈴懸けの木のもとへ行ってしまった。
 用もないのにお教室に居残ってはいけないから、ひと通りのお掃除が終わって十五分も経つ頃には、西組のお教室はすっかり空っぽになってしまった。気づけば、隣の東組からも、物音や人の気配が消えている。
 わたくしはお道具と日記帳、そして時枝さまからお借りしたハンケチを入れた風呂敷包みを手に、お教室の戸を閉めて、誰もいない廊下に出た。けれど、なぜだか校門には足が向かなくて、わたくしは校舎の右手にある『お御堂』に向かった。
(神さまにお祈りをしたら……少しは気持ちが楽になるかしら)
 カトリック女学院の生徒として、聖書を読んだり聖歌を歌ったりすることはあっても、わたくしを含めて大多数の皆さまは、本当の意味でのカトリック教徒ではなかった。だからというのもおかしいけれど、季節の行事やシスター方のお手伝いをするときのほかは、あまり自分からお御堂に入ったりすることはない。
 それでも、お御堂の扉は、いつもわたくしたちが登校する前から開かれていた。そうして夕方五時の鐘が鳴るまで、いつでも好きなときに出入りできるようになっていた。
 けれど――お御堂の扉が見えたところで、わたくしはそれ以上、前に進めなくなってしまった。校舎と講堂を繋ぐ渡り廊下から、わたくしの苦手な、とても目立つ人影が現れたからだった。
(御祇島先生…………!)
 どうしようと思うより早く、先生がこちらを向いて、わたくしを見つけてしまう。御祇島先生と目が合うと、その場から逃げ出すことさえ怖くなってしまい、わたくしはただ、うつむいた。
「おや……松浦さん」
「御祇島、先生」
 名前を呼ばれるだけで、全身に緊張が走る。
 決して嫌っているわけではないのだけれど……穏やかでお優しくて、熱心にピアノの稽古をつけて下さった先生だけれど、わたくしはなぜだか、この美しすぎる先生が苦手だった。
「どうしました。こんなところに、一人で」
 コツコツと靴音が近づいてくる。
 わたくしは胸の前で、風呂敷包みをぎゅっと抱きしめた。
「あの、わたくし……お御堂に、お祈りに……行こうと」
「そうですか」
 御祇島先生は小さく笑って、けれどわたくしをお御堂へ行かせようとはせず、まるで通せんぼをするかのようにわたくしの目の前に立った。
「それはとても立派な心がけですが……神さまは『ただ黙って聞いて下さる』だけで、あなたと一緒に悩んではくれませんよ」
「そ、そんなこと……………………」

 

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