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歴史・時代

大正恋夢譚 〜あやめ〜 <3>

   

「あやめの花言葉は、『良き便り』『嬉しい便り』っていうんですの。これがわたくしたちにとって、良いもの、嬉しいものであったらいいなと思ったのです」
「きっとそうなるわ。ううん、もうそうなってるもの」

小説版『東京探偵小町』外伝
―松浦みどり&道源寺大吾朗―

Illustration:Dite

 

 時枝さまと出会ってから、学校で過ごす時間が、とても早く過ぎるようになった。わたくしも時枝さまも、いつかはこの学び舎を離れなければならないけれど――巣立ちの日は確実にやってくるけれど、今はただ、『女学生』でいられる日々を、毎日懸命に過ごしたかった。
「はい、みどりさん」
 普段通りの一日が過ぎて、下校の時間。時枝さまから日記帳を受け取る瞬間は、いつもどきどきしてしまう。他愛のないことを書いた日でもそうなのに、まして、一昨日はあんなことを書いてしまったからなおさらだった。
「時枝さま、ごきげんよう。みどりさまも」
「ごきげんよう、また明日ね」
「ごきげんよう」
「時枝さま、今日の仏蘭西語の和訳、助かりましたわ。このお礼は後で必ず」
「気にしないで。困ったときはお互いさまよ」
 時枝さまのおかげで、西組の皆さまが、前のような意地悪を言うことはめっきり少なくなった。わたくしも引っ込み思案はよして、今はまだ朝と夕方の御挨拶くらいだけれど、自分から声を掛けるようにしている。
 そうは言っても、今度はいつも時枝さまと一緒にいるせいで、皆さまから別の嫉妬をされていたけれど。
「時枝さま、みどりさま。わたしも停車場の角まで、御一緒してもよろしくて?」
「ええ、もちろん」
「じゃあ、わたしも」
「わたくしも!」
「ねえねえ時枝さま、昨日、五年級のお姉さまと、裏門のところで二人っきりでお話しなさっていたって、本当?」
「ああ、それはね…………」
 時枝さまが昨日の「事件」を語り始めると、あっというまに、お教室に残っていた全員が時枝さまのまわりに集まってきた。なかには、お友達を迎えに来た東組のかたもいる。時枝さまは居残りが見つかって叱られないよう、昨日のことを手短に話した。お姉さまの名誉のために、リボンを頂いたことは隠して。
「そんな……このあいだの話を蒸し返すなんて、お姉さまがたもあんまりだわ!」
「行事も委員会も、実際に運営しているのはわたしたち四年級、そういう意味では、今年の五年級なんて『お客さま』でしょう? 時枝さまみたいなスタアもいらっしゃらないし、だからきっと、妬いて八つ当たりなさったのよ。時枝さまこそ、お気の毒だわ」
「ねえ、東組の津坂さんにお願いして、四年級の学年総代として、五年級のお姉さまに意見してもらいましょうよ」
 誰かさんの提案に、拍手が上がる。急に大事になってきたのを、時枝さまが慌てて制止した。
「待って待って、みんな落ち着いて。今度のことは、あたしが悪かったんだもの。お姉さまは、もっと上級生としての自覚を持つようにって、注意して下さっただけなのよ。悪く取ったらいけないわ」
「んもう、時枝さまったら、甘いんだから」

 

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