幻創文芸文庫 (β)

小説好きの創作小説を無料配信*スマホ対応

ミステリー・サスペンス・ハードボイルド

卵と探偵

   

 呆気にとられた珠里に、うふふと微笑みながら秘密を暴露した辻野みきは「美沙みさって呼んでください」と告げ、さらに、「僕、実は男で……」と言ったものだから、珠里は白目をむきそうになった。爆弾を放った本人は平然と、自分の嗜好を解説した。
「分からなかったでしょう? もうずっとこの格好だから。心は女の子寄りですけど、恋愛対象は女性です。読者の皆さんは女の子として接してくれますけど、男って自覚はあります。可愛いのが好きなんです」
「……? ど、どうすればいいんだろ、あたし」
「女の子として接してください。慣れてますから」
 えへへと笑う仕草まで完全に女だった。矯めつ眇めつ見たが、どこから見ても女だ。珠里は真面目くさって頷いた。
「あんたすげえね。全然分からねえよ。あたしから見ても可愛いなぁって思ったもん」
 ふだんのざっくばらんな口調で言うと、美沙はくすくすと笑い、「ありがとう」と言った。先ほどの痛いほどの敵意はどこへやら、急に打ち解けた雰囲気になる。
 切り分けられた桜色のロールケーキとコーヒーが運ばれてくる。ニコーっと満面の笑みになった美沙の雰囲気がさらに緩くなり、すかさず珠里も素直に暴露した。
「実はノジリさん……センセーから自分の職業を当てろって言われてて。それであんなことを言ったんだ。ごめんね。あ、あたしの名前は前園珠里ってんだ。よろしくね」
 ロールケーキを竹串フォークで切り分け、口へ運びながら美沙は何度もこくこくと頷いた。年齢のわりに仕草が幼い。
「職業は作家ですよ。作家。今やってるの推理ゲームでしょ? 僕も色々やりました。ノジリセンセー、そういうの好きですから」
「……へえ」
 これで課題はクリアだ。
 先生の職業は作家。
 残りの八万円と経費の一万九千円は珠里の物になる。
 だが事はそう調子よく運ばないのが世の常だ。
 したり顔で桜ロールケーキに舌鼓を打っていた珠里に、美沙はまるで拝み倒すようにそうだと両手を合わせた。嫌な予感が珠里を襲い、どうせ当たるなら早くしてくれと神様を急かした。
「でも、センセー書かなくなっちゃったんですよ」
「へえ……そうなんだ」
「ね、どうしてか探ってくれません?」
 うえっと珠里が顔をしかめた。やっぱりきたよと呻く。
「なんであたしがやるの?」
「だって前園さん、タフそうだもの。頭噛み砕かれても生きてそう」
 出版業界を逞しく生き抜くタフを地で行く美沙があっけらかんとすごいことを言い放ち、珠里はがっくりきた。頭を噛み砕かれて生きているのはゾンビでもいない。
(馬鹿にされてんのかな……あたし)
 深く深く息をついた珠里は、乾いた半笑いのまま尋ねた。
「……書かないんだ、センセー」
 うんとしょんぼり顔の美沙は、フレッシュとスティックシュガーを三個も入れて甘い液体と化したコーヒーを一口飲んだ。
「珠里ちゃんて呼んでいい?」
 いいけどと頷くと、あのね! と急に手を握ってきた。丹念に手入れされているようで珠里の手よりも柔らかい。
「センセーはすっごい才能の持ち主なの。僕は恋愛小説は書けるけど、センセーの書く宝石みたいな恋愛小説は書けない。でも奥さん亡くして書かなくなっちゃったの」
 嫌そうな珠里を握られた手の温かさが引き留める。
 言葉遣いまで急にフランクになって、珠里は彼女(?)の本心がどこにあるのか図りかねた。

 

-ミステリー・サスペンス・ハードボイルド
-, , ,


コメントを残す

おすすめ作品

見習い探偵と呼ばないで! Season3-2

自称天才数学者の推理記録 記録2 第10話

8月のエンドロール 8

巣鴨振り込め詐欺事件、その1

見習い探偵と呼ばないで! Season9-2