幻創文芸文庫 (β)

小説好きの創作小説を無料配信*スマホ対応

ミステリー・サスペンス・ハードボイルド

卵と探偵

   

 あの疫病神か死に神かというセンセーがだ。おおよそ想像できず、珠里の眉が寄った。
「うん。あ、そうそう。僕みたいな弟子が何人かいて、最終的に残ったのは僕だけなんだけどね」
 ふうんと言いつつ、気になる内容に珠里は身を乗り出した。
「奥さんの真季子さんがすっごく優しくて、叱られるとお茶に連れ出してくれたんだ。ほら僕こんなだから、性格も女の子っぽいし、よく泣いてたから。それで、一回だけ編集さんが連れ出してくれたことがあって……」
「こっぴどく怒られた?」
 うんと頷く。
「でもね、真季子さんがそういうことやっても絶対にセンセーは真季子さん叱らないし、注意もしない。不思議だよね」
「奥さん思いなのかな。すっごく好きとか愛してるとか。だから殴らないとか」
 うーんと人差し指で顎を突いた美沙は、「それとはちょっと違うような。あ、でも仲は良かったよ」と呟いた。
「真季子さんて優しい人だったのね。ほら、なに言われてもにこにこして流しちゃう人いるじゃない? ああいうタイプ。でも、センセーに対してはすっごくはっきり物を言う人だったなあ。夜中でも叩き起こして話してた。ときどき取っ組み合いの喧嘩もしてたんだよ」
 うるさかったぁと笑う美沙の言葉になにか引っかかりを覚えた。だが、それ以上にあまりの過激さに身を引くと、引っかかりが抜け落ちた。美沙は困った人たちだよねえと苦笑いしている。
「センセー寂しくなったのかな。書かなくなっちゃったなんて」
 はぁっと肩を揺らして溜息をつくと、ぬるくなった甘い液体で半分以上残ったロールケーキを流し込んだ。
 そろそろ話は終盤に近づいてきている。
 珠里は手をつけていないロールケーキを半分に割りながら、何の気なしに尋ねた。
「そんな過激な性格してるのに、なんで書いて欲しいの?」
 問いかけに、美沙は寂しさを目元に乗せた。
「センセーの書く物語が好きなんだよ。あの孤高さはセンセーにしか書けないの。因果なもんでしょ、作家って」
 これまた困ったように美沙は微笑んだ。
 メモをまとめる手を止めて、桜ロールケーキを味わっていると、顔を覗き込まれた。
「ねえ、なんで珠里ちゃんはノジリセンセーのこと調べてくれるの?」
「……ひとつは金のため。もうひとつは、あんたが頼んだからでしょ」
 言うと美沙は、なぜか悲しげに微笑んだ。
「……ふつう頼まれたからって、推理に付き合ったり、頼まれごとを請け負ったりしないよ」
「そう? 暇だから、あたし」
「人が良いんだね、珠里ちゃんて」
 珠里は嫌そうに眉をしかめた。人が良い奴につけ込む商売をしていたのだから人が良いわけがない。
「違うよ。ほんとに暇なの。お金も欲しいしね」
「──じゃ、これ」
 トートバッグから財布を取り出し、三万円を渡す。珠里のきつい目が嫌そうに眇められた。
「なに」
「探偵さんには経費が必要でしょ?」
「はぁ? 探偵ぇ? あたしが?」
「そうだよぉ。珠里ちゃん、まるっきり探偵の顔してるよ。僕の話聞いてるとき、目がキラキラしてたもん」
 言って、少なくてごめんねと三万握らされた。おまけにメルアド交換までさせられた。曰く、「分かったら連絡して!」とのことで。
 肩を落として途方に暮れている珠里に向って、美沙はぴっと指を一本立てた。
「経費はなにに使っても構いません。論理から導かれる行動が探偵のすべてだからね!」
 ノジリに握らされた二万円と、美沙に握らされた三万円が重くのしかかってきた。

 

-ミステリー・サスペンス・ハードボイルド
-, , ,


コメントを残す

おすすめ作品

Egg〜ノクターン〜episode2

見習い探偵と呼ばないで! Season2-5

見習い探偵と呼ばないで! Season8-4

愛の果て。守りたいのは、愛しい人。 10

秘密-すれ違う二つの心-(8)