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ミステリー・サスペンス・ハードボイルド

卵と探偵

   

「センセーは真季子さんが死んでも仕事をしていた。それはさっき送ったファックスのことなのか、それ以外の仕事なのか──状況を考えるとそれ以外にも仕事してたんじゃない? 昔と違ってネットがあるし、辻野美樹の名を使ってない作家にわざわざ原稿を取りに来る編集者もいないでしょ。下積み時代でもやらなかったような仕事をしてたんじゃない? それこそネット電話で会議が終わるような。そうしないと百万をぽんと取り出すことも、この家を維持することも無理だよ」
「つまり私は仕事をしていた。これは正解だ。私は真季子が亡くなって一月《ひとつき》は仕事はしていなかったが、すぐに別名義を使って仕事に取りかかった。では、次の謎があるな。この前フェリチータで言ったことがあるね。許されてないというあれだ。あれをどう推理する?」
「奥さんに言われたってね。美沙から聞いた。最初、あたしはそれがあって書けないんだと思ってた。でも、センセーは書いた。そして書き終わった今、死のうとしてる。つまりさ、これは書いてはいけないって奥さんからの命令だけど、それを破ってしまったことを意味してるんじゃないのかな」
 センセーは黙って珠里の──探偵の言葉を聞いている。
 探偵は語れば語るほど、落ち着いて来た。
 今は目の前のセンセーに注視して表情の細かい変化ももらさないようにしている。
「じゃあ、この書いてはいけないってどういう意味なんだろう? ──奥さんの真季子さんとは一緒に書いてたんでしょ。センセー覚えてる? フェリチータでこの推理合戦を始めるとき、許されてないからだって言葉のあとに、書けなくなった理由って言ったんだよ。ふつうに考えれば、許されてないから書けなくなったと思うけれど、そこで答えが分かるようなものをセンセーは出さない。そこであたしが思ったのは、書くのは許されてるけど、別のことが許されてないんじゃないかってことだった。つまり、辻野美樹の名を使うなってことなんじゃないの? センセー、辻野美樹は私の命って言ってたじゃん。美沙にも名前を変えることを許したけど、表記は全部辻野美樹名義になってるんでしょ。そこから分かるのは奥さんが許さないって言うのは辻野美樹の名を使って書くなってことじゃない?」
 センセーは黙っている。
 頭が悪いはずの自分がなぜ、ここまで語れるのか。探偵は不思議に思っていた。LEDの明かりが、白々と部屋を照らし、線香が燃え尽きた。
 ひりついた静寂を破るように電話が鳴り、センセーは立ち上がると受話器を取った。
 珠里には分からない専門的な会話をする。構成がどうとか、表紙はこれでとか、これは漢字の辻野美樹名義で出すとか。
 鴨居のロープが、センセーが立ち上がったせいでゆらゆら揺れている。
 受話器を置くと、センセーは肩を落とした。

 

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