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ミステリー・サスペンス・ハードボイルド

卵と探偵

   

 

☆☆☆

 
 葬式男を引っかけるのに失敗して二日。二日経っても珠里の経済状況はなにも変わらなかった。不景気なのか珠里の気の強さがいけないのか、どうにも男が引っかからない。彼氏は売れる物一切合切持ってどこかにとんずらして──きっと新しい女のところだろう──珠里のワンルームマンションにはベッドしかない。
(あーあ。ついに風呂に沈むことになるかぁ)
 ホステスもキャバ嬢もやったことがあったが、ソープランドは初めてでげんなりした。だが、生きていくためには仕方がない。早々に金を貯めて別の食い扶持で稼がなければならなかった。
 今日は夜からソープの面接が入っている。
 それまでに重苦しい気分を払拭しなければとてもではないがやっていけない。
 気つけとばかりに開店したばかりのフェリチータに寄ると、カウンターに陣取った。店内に人気はない。テーブルの上には掃除のために椅子が乗りっぱなしで、開店というよりも開店準備中のような有り様だった。
 これ幸いとカウンターの中にはいった珠里は瓶ビールをラッパ飲みしていた。
 マスターのアンナさんが裏口から戻ってくる。彼女の腕には食材の入った発泡スチロールが抱えられていた。
「アンナさん、ビールもらってるよ」
 珠里の顔を見て、あっ! と叫んだアンナさんは発泡スチロールをぞんざいに置くと「ちょっとどきなさいよ」と珠里を押しのけレジスターをがさがさ漁る。はいと手渡されたのは口を三つに折られた銀行名の入った青い封筒だった。
「ほら、こないだあんたが引っかけようとしたお客さんから」
「なんで?」
「いいから見てみなさい」
 お説教っぽくなったアンナさんは、「しかし、あんた。いい人引っかけたんじゃないのお?」とにやっと笑った。
 珠里は訳が分からず、封筒を開く。
 きっかり十万円が入っていた。驚いたことにピン札だ。
 封筒を覗き込んだ珠里が妙な顔つきになっていると、アンナさんが脇腹を小突く。
「ね? よかったじゃない。ありがたくもらっておきなって」
「でも、あのおっさん、なんであたしにくれたわけ?」
「さあ。でも返そうとしたら、いいからって。構ってもらって嬉しかったんじゃない?」
 封筒をどうしたらいいか分からず、珠里はビールを一口飲んだ。
 美人局までして手に入れた待望の金だった。
 なのに全然嬉しくない。
 いつもならもらえる物はもらっておけの根性を発揮しているというのに。
(なんかすっごいむかつくんだよね)
「あのおっさん、今晩来るかな?」
「どうだろうねえ。この近所らしいけど、不定期だよ。でも必ず夜に来るわね」
「じゃあ待ってる」
「なんか予定あるんじゃないの? そんなに気合いの入ったメイクしてさ」
 珠里の格好はパーカーにジーンズだったが、二日前の美人局のときに負けず劣らずフルメイクだった。
「ソープの面接があったんだけど断る」
「やっだあんた、ソープにまで手ぇ出してるの?!」
 アンナさんの叫びを無視し、言うが早いか携帯代だけは払えているスマホで、面接相手に電話すると断ってしまった。
「待たせてもらうね」
 そして、カウンターの外に出るとどっかと腰掛け、あの美人局事件後に古本で手に入れた辻野美樹著『The Egg』の古本を取り出すと最初のページの献辞を読んだ。

 

-ミステリー・サスペンス・ハードボイルド
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