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ミステリー・サスペンス・ハードボイルド

卵と探偵

   

「あたしはプロなの。情けで金をもらってどこがいいっていうんだ。いい? プロの美人局の醍醐味は、騙されたって気づかせずに騙すことにあるんだよ! だからこの金は受け取れない」
 ほう、とセンセーの目が丸くなる。そして封筒から二枚だけ抜き取ると、四つ折りにして珠里の方へ滑らせた。
「では私の秘密を暴いてみないか?」
「は?」
 ぽかんとした珠里にセンセーは畳みかけた。
「私はこの店でセンセーと呼ばれている。どこに行ってもそう呼ばれる。私の職業はなんだろうか。当ててみてくれ」
「だから、あのね、センセーさん。あたしは美人局だっての」
「元だろう? 今はもうその気がない。全然男が掴まらないんだろう。それに相棒の男に逃げられている。この駅を中心に前後二駅行ったが全部空振り。苦肉の策で風俗……ソープかなにかかな、そこに行こうとしたが、結局行かずじまい。──どうだね?」
 いきなりの推理に珠里は固まって動けなくなった。
 当たっていたからだ。彼氏が逃げたのでペアリングは売り払って一万円へと早変わりした。
 センセーとやらが恐ろしくなって珠里は恐る恐る尋ねた。
「どうして……分かったの?」
 ふむと頷いたセンセーは合いの手を打つ間もなく一気に話した。
「着てるの物が前回より地味なのに、メイクだけは派手だ。少しでも印象をよくしたいという魂胆だろう。その濃さから言ってパートや派遣ではないね。あまり表だって言えない職業。つまり風俗。君は第一印象は誤魔化せるけど、あとあとぼろが出てくるタイプだ。ホステスもキャバ嬢も試しただろうから、ソープぐらいしか残っていない。言っておくが君には無理だ。左手の小指に指輪をしていたが今日はしていない。君がしていた指輪のシリーズはペアリングとしてで売り出された物だ。つまり男に逃げられたか捨てた。今、男を捨てるとは考えづらい。ということは捨てられた。新しい彼女でもいたかな。君は最初に会ったとき私の隣に座るまで酒を頼まなかった。奢《おご》らせようという魂胆だった。つまり金がない。あっても出したくない。だがそれはマニキュアの先がはがれているのに直してなかったことから、ずぼらもしくは金がなくてマニキュアすら買えないということになる。ずぼらという可能性も否定しがたいが、あれだけ気負っておいてマニキュアだけ塗り直さなかったというのは考えづらい。つまり極度の金欠。金がないのに美人局をする人間が、あの確実に靴ずれを起こすサイズの合ってない高いヒールで歩いてける距離と行ったらこの地区を中心に前後二駅。もっともここ以外に繁華街がないから引っかかる率は恐ろしく低い。今日はスニーカーみたいだね。その方がいい。これから足を棒にして歩く人間にはヒールなんて似合わない」
 珠里を始め、店にいた全員がセンセーの口上を聞いてぽかんと口を開けていた。
 こんなに喋ったセンセーは見たことがないとアンナさんの目が言っていたし、後ろの席の女性は傾けたグラスから赤ワインが滴り落ちて上品なニットに染みを作っていた。
 センセーの独壇場になったフェリチータで、一番最初に立ち直ったのは珠里だった。センセーの方へ身を乗り出し、いやいやと手を振ってみせる。
「ちょ、ちょっと待って。分かった。分かったけど、これから足を棒にして歩くってどういう意味?」
「そのままの意味だ。君は私の秘密を暴かなければならない」
「そんなことしてどうなるわけ? だって、センセーさんは、それでいいの?」
「少しは面白くなるだう?」
「はあ? 誰が?」
「私と君が」
 面白くもなんともねーよ! と叫びたい珠里だった。センセーはさっさと四つ折りの二万円を握らせた。
「前金として二万あげよう。調査費用も必要だろうからね。なにしろ残金が三十五円しかないだろう」
「なんでそんなことまで知ってるの!?」
 ついに悲鳴をあげた珠里に、センセーはにやりとあの不吉な笑みを浮かべる。
「頑張りなさい。推理が正しければ残りをあげよう。期限は明日の午後十時だ」
 言うと、残り八万円を持って去って行ってしまった。
「どーいうことなの……」
 握らされた二万円がせせら笑っているようだった。

 

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