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ミステリー・サスペンス・ハードボイルド

卵と探偵

   

 

☆☆☆

 
 残り八万を手にするためにセンセー曰く足を棒にして調べるかどうかで珠里はわずかに悩んだ。ペアリングを売り払った一万で大家に泣きついて少しだけ追放を延命してもらったが、残り二万では水道とガスの止まった部屋では生活も出来ない。もうどうにでもなれという気分でもあった彼女は、センセーの魂胆に乗ってみることにした。
 見事に空になったワンルームマンションのベッドに寝転び、つらつら考えていた。センセーと再会した翌日昼間のことである。
(センセーは私の職業を探れって言ってたよね。センセーってことは教師とか? でもあんな汚い教師はいないでしょ。それに探れっていうくらいなら別の職業ってことだろうな。職業に就いてないってことは口振りからするとない。金は持ってる。ブランド物ばっかり。でも身なりに気を遣わない。マスター曰く昼のランチタイムには一回も来たことがない。昨日も来たのは夜の十時だったし……)
 うーんと唸っていた珠里だったが、郵便受けに挟まっていたダイレクトメールを引っ張ってきて部屋の隅っこになぜか一本だけ転がっていた油性ペンでごりごり書いた。
 1,センセーは格好に気を遣わなくていい職業。
 2,夜に活動するらしい→ってことは昼間は別のことしてる?
 3,フェリチータには徒歩で来る→ということは近くに家がある。
 4,金払いはいい。
 5,ボロいブランド品ばっかり身につけている→どうして? 金があるから? 長く持つから?
 6,辻野美樹がお気に入り。
 書いていて、ふと、辻野美樹という作家のことを思い出した。スマホで『辻野美樹』と調べる。
(あれ……新作出てる。たしか初めて会ったとき、遺作って言ってたのに)
 『The Egg』を調べると辻野美樹の十四作目だった。二十五作目の新作が出たのは先月で、先月の発売日から今月までサイン会ラッシュが続いている。
(作家って大変なんだなぁ。お、今日サイン会じゃん)
 ちょうど珠里が住んでいる地区の大型書店で午前十一時からサイン会をするとの告知が載っていて、なにかヒントになるかもと行くことに決めた。
 欄外に【どの作品でもサインします】とあったので珠里は『The Egg』を持つといそいそ着替え、メイクもそこそこにスニーカーを履いて出かけた。
 センセーから渡された経費二万円で、近所のスーパーに入ってメモ用紙百二十円とボールペン百円を買う。ついでに朝ご飯用に鮭おにぎりとミネラルウォーターをひとつずつ各八十円で計三百八十円。残金一万九千円強。ここからサイン会の行われる書店までは遠回りだけれどバスが一番安い。
 バス停で人目も気にせず、おにぎりを頬張り、ミネラルウォーターで流し込む。
 中途半端に混雑したバスで書店に向かうと、辻野みきサイン会にはすでに大勢のファンが集まっていた。
 どうやら店内の一番奥のスペースでやるらしい。すでに赤いコーンの間にロープが通され順序よくファンが並んでいる。先頭の先には長机が用意され、【辻野みきサイン会】の看板が天井からぶら下がっている。
(ん? みきって、美しい樹って漢字じゃなかった?)
 珠里の疑問をよそに【最後尾こちら】とプレートを持った警備員があたりをうろつき、それに従ってファンが列についていく。ファンはみな手に手に単行本や文庫本を持ち、花束や手紙、お土産などを携え、知り合いではないだろう前後の人ときゃっきゃと騒いでいた。
 一方で、居並ぶファンを尻目に一般客が凄腕の目利きのように本を選んでいる。
 ふだんは静かな場所だろうに興奮と静寂が同居している圧巻の光景だった。

 

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