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歴史・時代

大正恋夢譚 〜あやめ〜 <4>

   

ところ書きをどこにすればいいのか、わからんかったんだろう。
ある日の午後、警視庁強力犯係に、こんな絵葉書が届いた。

小説版『東京探偵小町』外伝
―松浦みどり&道源寺大吾朗―

Illustration:Dite

 

 道源寺のおじさま

 青葉の季節、道源寺のおじさまはいかがお過ごしでしょうか。
 私はもちろん、倫太郎さんも和豪さんも、毎日元気に過ごしております。帰国して早くもひと月以上が経ち、日本の暮らしにもすっかり慣れました。松浦さんをはじめ、たくさんのお友達に恵まれて、楽しい学校生活を送っております。
 今日は、みどりさんと一緒に行ったお店で、とても美しい絵葉書を見つけましたので、おじさまに差し上げたいと思い、筆を取りました。銀座の一件以来、御無沙汰しておりますが、またお目に掛かれます日を楽しみにしております。もっともそれは、「事件」などではないほうが良いんでしょうけど…………。
 それでは、季節の変わり目ですので、おじさまもお体には十分にお気をつけ下さい。柏田さんにも、よろしくお伝え下さいませ。

かしこ
永原時枝

 葉書を書いたものの、ところ書きをどこにすればいいのか、わからんかったんだろう。六月も残すところ一週間余りとなったある日の午後、警視庁強力犯係に、こんな絵葉書が届いた。
「おお、こりゃ、お時ちゃんからか!」
 思わず口に出すと、係の末席にいた柏田が、弾かれたように顔を上げた。例の松浦時計店での事件以来、柏田はあの愛らしい少女探偵にすっかり夢中になっていた。いつだかの新聞に写真が載ったのをそっくり切り抜いて、後生大事にしまってあるのだという。わしはお時ちゃんからの絵葉書をきっちり二回読み返すと、目で柏田を呼んだ。
「おまえにも『よろしく』とあるぞ、柏田」
「ええっ、ほ、ほんとですかっ?!」
「ほれ」
 絵葉書を手渡してやると、わしを真似てか、柏田はずいぶん長いこと、そしてまたえらく嬉しそうに文面を見つめていた。亡き永原くんも言っとったが、お時ちゃんは手紙を書くのが大層好きらしい。絵葉書いっぱいに、これでは紙幅が足らぬとばかりに、細かな字で書き込んであった。
「文面を見る限り、特に困っとることはないようだが……柏田、月が替わったら、少し様子を見に行ってやれ。なんぞ、お時ちゃんの好きなものでも持ってな」
「そういうことでしたら、今すぐにでも!」
「何を言っとるか。先週の鶴巻町の件、まだ報告書が上がっとらんようだが?」
「あああ、すみません……あの、その……今すぐ書きます…………」
「それとそのネクタイ、もっと上まできっちり締めんか。仮にも本庁の者が、だらしない」
「はいい~」
 緩みきったネクタイを直しつつ、とぼとぼと席に戻っていく柏田に次の仕事を言いつけ、わしは「少し出てくる」と言い置いて本庁を出た。

 

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