幻創文芸文庫 (β)

小説好きの創作小説を無料配信*スマホ対応

ノンジャンル

カケガエのある社会 国際人道条約

   

 X年X月、「国際人道条約」が発効した。血液、骨髄、臓器そして角膜等々のドナー登録と提供を義務付ける代わりに条約締結国が莫大な医療支援を行なうというその取り決めは、当初、世界を良い方に変えるものだと思われていた。

 しかし、その結果、途上国間の開戦を心底から喜ばず、終戦のための努力をしない状況が出来上がっていった。終わらない戦争はどんどんと拡大していき、戦火は一向に止む気配を見せなかった

 地球の裏側である日本でも戦争に無関心では居られなくなっていた。戦火が増大すればするほど、多くの人間が「ドナー」となり、移植を待望している人々の利益になっていくからである。故に、病院のロビーですら、心底から戦争を悲しむ雰囲気にはならなくなっていた。

 そんな状況に、若手政治家の鈴川は異を唱えていた。医療が充実するという万民共通の利益が、何故恨みもない人が死ぬことを喜ぶような異様な心理につながらなければならないのか。いやそれは間違っている。人工臓器の供給にシフトをしていくべきだ、という考えを、鈴川は党の総会でアピールしようと考えるのだが……

 

「たった今入りましたニュースによりますと、南米、西レバリア共和国の戦闘機が、かねてから攻撃行動を繰り返していた東方にあるナザリズム連邦の領土内に侵入し、基地および住宅地への空爆を開始した模様です。連邦側は即時反撃を表明、陸軍の戦車隊を越境させに無差別的攻撃を開始した模様です。両国は事実上の総力戦状態へと入りました。繰り返します。西レバリアとナザリズムが事実上の総力戦状態に入りました。極めて深刻な戦乱が周辺諸国を巻き込んで長期間起こるものと予測されます。できる限り中南米への旅行は避け、滞在している方は可能な限りすぐに出国を……」
 待合室のロビーに設置された壁掛け式テレビがそのニュースを報じた瞬間、物憂げな人々に見えない衝撃が走った。
「ついにやりましたなっ、専務。これで社長のお体も……」
「藤原、不謹慎だぞ。不幸は喜ぶものではない」
 花束を抱えた、実直だがややお調子者に見える若手社員を、隣りに座った貫禄ある紳士がびしりとたしなめた。
 若者は慌てて頭を下げて口を閉じたが、たしなめた専務にしても室内の空気が変わったことは否定できなかった。
 皆、声に出せない、出さないながらも、心のどこかで後の悲惨さを想像させるアナウンサーの言葉を待望していた。
 戦争に関係している武器商人の類は一人もおらず、殺戮を欲するような気質の持ち主がいるわけでもないのに、病院のロビーで他者の死を期待せずにはいられないという異様。
 その発端は一つの条約だった。

 各国間、あるいは資金力の多少によって開く一方だった医療格差を是正するべく、20××年、「国際人道条約」が締結された。
 全ての人への万全な医療を目標に定めたこの条約の特徴は、締結国の国民の「登録と活用」だった。臓器ドナー、骨髄バンク、角膜バンク、等々への登録を各国民は義務付けられ、死亡などの「特別な事情」に際しては即座に臓器等の提供、あるいは譲り受けが行なわれる。
 原則として拒否権はなく、よって適合者には必要に応じて最適の移植手術がなされていく。
 それに伴う輸血などに関しても、献血の義務と引き換えに十二分の血液が用意される取り決めがなされていった。
 この条約の最大のポイントは、膨大な対象者数だった。
 世界百ヶ国、三十億人以上の人間を完全にデータ化し、突き合わせを行えるようになったのである。
 今までの医療機関のマッチングとは明らかに次元が違う。適合者が見つかり次第行なわれる手術などは先進国の担当であり、仮にそれが難しかったとしても、条約締結を促した巨大企業からの融資を受けて設備の増強を進めれば良い。
 結局は「作業の効率化」に属する取り決めでしかないというのも事実だったが、医療の革新につながったことは確かだった。
 すぐに大勢のドナーが見つかるために、白血病などの比較的時間に余裕がある疾病などには極めて対応しやすくなり、突発的な事故への即応性も増した。
 それらの効能が、既存の施設や技術を使いこなすだけで得られるという現実は極めて強大で、国際社会が個人データを徹底管理する危険性や懸念などは吹き飛んでしまった。
 今や条約への参加を考えている国は極めて多く、まさに世界規模の計画になりつつある。
 だが、それでもドナーに適合しない人も少なくないし、世界から紛争がなくなったわけでもない。
 課題は形を変え、今も人を苛んでいる。

 

-ノンジャンル
-, ,


コメントを残す

おすすめ作品

鐘が鳴る時 ■誓い-天麻皇女 2

モノクロビオラ 序章

南関東文科大学 タイムカプセル発掘隊 最終話 埋蔵された巨謀(16)

家元 第十部 危機を越えて

迷い人に孫の手を2<2>

宅地造成 (前編)

   2017/09/26

ロボット育児日記27

   2017/09/26

アストラジルド~亡国を継ぐ者~アグランド編 第30話「予感」

   2017/09/25

見習い探偵と呼ばないで!【番外編・御影解宗のデート】4

   2017/09/25

家元 第十部 危機を越えて

   2017/09/22