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ミステリー・サスペンス・ハードボイルド

見習い探偵と呼ばないで! Season18-1

   

 三月になり、世間では大きな悩みの種が舞っていた。氷室探偵社でも大問題となっていた。

 御影にはさして影響はないが、過半数を超えて被害が出ている。

「花粉症」

 厄介な敵が外も内でも飛散している。小柴ですら大きなマスクに顔を埋めて仕事をしているが、判断力は明確に低下しているようだった。

 そんなとき、探偵社に一本の電話がはいった。

 世間で人気作家の北萬治氏が誘拐され、新刊のノンフィクション小説を発売したら、出版社や印刷会社を爆破すると脅迫してきた者がいるという。

 その新刊の内容は、インタビューで答えた北萬治氏の口から説明していた。

「これが世にでたら間違いなく苦悩する人物がいる。なぜならノンフィクションだからだ」

 発売されたら誰かの素性が明らかになってしまう。それは犯罪に近いものだと示唆している。

 なら、その小説を読んでしまえば誰が犯人かわかるというもの。小柴はその新刊を読ませてほしいと願いでるが、依頼人である出版社編集長の近藤は、思いがけないことを口走る。

 

 春が近づこうとしていた。氷室探偵社ではもっとも毛嫌いする季節でもある。それは二月の下旬から身体の症状として、鼻をくすぐり惑わすように個々を苦悩させている。

「もう花見ができるな、天気もよくいい日和だ…」御影は窓を開けて外気を感じていた。微笑ましくなる気候にどんな依頼でもいいから外に出て調査をしたくてうずうずしていた。

 探偵社では最悪な事態に陥っているというのに、御影にはいっさいその悩みはなかった。

「窓を閉めなさい!」小柴は顔を覆うほどのマスクをしている。二月下旬からずっとだ。普段のクールな顔はいっさい読めないが、いっそう表情が読めない。

「はい、すみません…そうでした」御影は窓を閉めた。外気を感じられないが、温かみのある日光が窓を通して差していた。

 小柴もほかの者よりやや遅くなって症状が現れたのだ。

「へっくしょん!」

 花粉症に苦しんでいる。事務員の女性たちはほぼ全員だった。探偵側も川上と森谷と雲田が苦しんでいた。

「やれやれ、探偵の知恵も花粉のせいでひらめきにくくなっているようですね」御影はめずらしく揶揄するように二人の探偵にものを申した。

「このやろー、これはなった者しかわからない苦しみだ…」川上もマスクをしていた。赤く染まった目は涙が浮かんで、とても情けない顔をこちらにむけている。

「はいはい、なったら一緒に泣きましょうかね」御影は相手にしていなかった。

「くしゅん!」

 くしゃみひとつで注意力がそがれてしまう。視線はその方角へと気をとられる。

「だいじょうぶか?」火守は恋人の事務員である斉藤が苦しんでいるのをフォローしていた。「ほれ、ティッシュ」

 唸って泣いている斉藤を火守は少なからず楽しんでいた。

「まったく火守さんまで、極限にメンタル低下は否めないな」

 御影、大地、水桐、火守、そして氷室だけは花粉症になっていない。

 要するに、この時期使えるのは、この五人ということだ。とはいえ、氷室名探偵は海外に出ていた。もっともいつものことだ。

 ついに国家からの極秘調査を受けるようになった。氷室が単身赴いている。

 御影にとっても間近で観察したかった。見るだけでも勉強になるというのに。一流を肌で感じられる好機だとも思っている。

 くしゃみで苦しんでいるこの事務所内の光景ときたら、なんともやる気が失せる。

 くしゃみが飛び交う探偵社内で電話の音がけたたましく鳴った。

「はい、くちゅん!」電話に出た瞬間に失礼な対応した最年長ベテラン事務員の佐伯だった。「くちゅん、はい…氷室探偵事務くちゅん」

 こらえきれないようだ。「はぁー、たいへんだな」御影は他人事だった。

 

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