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知名度の値段

   

映画監督志望者、深川 勇一は製作会社に企画を持ち込んだものの、実績がないからと却下されてしまう。

それは、上場企業社長の息子として何不自由ない生活を送っていた深川にとって、耐えがたい屈辱であり、将来を左右しかねない出来事だった。結局映画に明け暮れていられるのも父や祖父が元気だからであり、実家に何かあれば、跡を継がねばならない身なのである。

企画を蹴られた深川は近くの酒場に入り、どうしたものかと思案にくれていた。するとそこで、同じように悩んでいる男、長谷部と出会う。

改めて話を聞いてみると長谷部は売れない映画監督で、もう少しで完成できる作品があるものの資金が尽き、配給の当てもないのだという。

話を聞いた深川は、現在お倉入りになりかけている作品のクレジットにおいて、自身を「映画のプロデューサーおよび監督」として表記させることと引きかえに資金提供を持ちかける。

長谷部やキャストたちを次回作でも起用することを深川が条件として示すと、すぐに話はまとまり、深川は「作品を完成させた」証明を得ることになった。

深川は獲得した実績を背景に改めて自身の企画「財閥テーマパーク」を映画化させていくが……

 

 芸術において、「監督」という言葉には、何か特別な響きがある。
 作り手と統率者、二つの立場を成立させなければいけない、その異質さが肩書きの重さとなっているのかも知れない。
 多くの人はADや助監督見習いとしてハードな現場に耐え、経験を重ねる間にふるいにかけられる。
 そうして残ったごく一部のみが座ることが認められる席だからこそ、多くの人が憧れ、また賞賛を惜しまない。
 しかし、そのごく僅かな席を目指すルートにもいくつかの例外がある。
「どうでしょうか?」
 都内に存在する映画配給会社「スペースワンダーコミュニケーション」の応接間に、若い男の声が響いた。
 男の名は、深川 勇一。
 学生の頃から映画にはうるさいと自負する男で雑誌に評論記事を何本か載せたこともある。
 しかし、現場に入った経験はまったくなく、製作サイドからすればちょっと筆の立つ素人でしかないのも事実だ。
 その一般人に、業界でも指折りとされるスペースワンダー社の重役たちが相対しているという異様さが、場に奇妙な緊張感をもたらしていた。
 だが、やや古ぼけたコピー用紙をきっちり五枚、束にして差し出した深川の表情には強張りはなく、むしろ、居並ぶ有力者たちの方が雰囲気は固かった。
「大変興味深く拝見させて頂きました。素晴らしい努力とこだわりがうががえ、読んだ我々も、改めて襟を正したいと思えるほどでした」
 重役の一人は、そろりと声を発した。
 業界でも大物と恐れられる彼らが、明らかに言葉を選び、態度に気を配っていた。
 恐らく、社内の人間が予備知識なしでこの光景を見たら、驚いて腰を抜かすだろう。
 しかし、深川にはかしこまった雰囲気はなく、むしろ、どこかで当然だという感じが滲んでいた。
 異様な空気感の中、紙がめくられる乾いた音だけが響く。
「それで……、どうでした?」
 深川の自信に満ちた声が合図だったかのように、重役たちは紙をめくる手を止め、顔を上げた。
「結論から申し上げますと、深川さん、今回の企画を採用することはできません。これは社長である私をはじめ、役員全ての総意です」
 社長の言葉を聞いた深川が、笑い顔のまま額の血管を浮かび上がらせた。
 細まった目の奥にある瞳がぎゅっとすぼまり、温和な装いが急速にはがれていく。
「今、何と……?」
「受けられない、ということです。実績のまったくない方の、原作付きでもない作品に、我が社のネットワークを使って全国の映画館に回すことはできません。深川さんの見識は素晴らしいと思いますが……」
 社長の配慮を全面に出した、しかし翻意の余地が見えない言葉に、深川は作り笑いを止めギリッと歯を軋らせた。
 切れ長の目を血走らせ、体をわなわなと震わせるその姿は明らかに凶暴で、痩せたハイエナを連想させた。そして、姿以上の悪辣さを声に潜ませ、深川は詰め寄るように言った。
「社長、言っておきますけど、金なら用意できますよ。お分かりでしょう? コネだって。何ならあなたのとこらの株、上場前に一億でも二億でも買うことだって可能なんです。無論、その逆もね」
「深川さん、我々は資金のことを言っているのではありません」
 深川の脅しめいた言葉を、スペースワンダー社の社長はごく静かに、しかしびしりと断ち切った。
 深川を見据える彼の目にはもはや迷いはなく、きつい業界で辣腕を振るってきた切れ者ならではの凄みが宿っていた。
「製作費用がゼロだとしても、我々には社名という『看板』があります。そして世界各地の映画館は、スペースワンダー社の作品ならということで買ってくれるのです。素人の企画に名を預けることは、明らかに損なのです。我々の信用を損ね、パートナーである映画館を危険に晒すという点、でね」
「く、くく……!」
「深川さん、我々はあなたを敵視していません。しかし、製作会社の頭越しに事を成そうとするなら、最低限、一作品は自力で商業流通させ、企画を実現させられる人を見つけて下さい。その後に改めて話をしましょう」
 重役たちは席を立ち、部屋を去っていった。
 残された深川は、屈強な警備員たちに囲まれるように促されたため暴れることもできず、すごすごとビルを後にするしかなかった。

 

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