見習い探偵と呼ばないで! Season18-3

 近藤編集長が氷室探偵社に依頼にくる前日のことからこの物語ははじまっている。

 作家の北萬治氏が誘拐されたときのことを近藤はその日一日を通して説明するように詳細を話しはじめた。

 副編集長の土方とチーフの斎藤、編集員の沖田が打ち合わせに同席してたわいない話しで和んでいたが、チャライ沖田が仕事の話となると馬が合わずごきげんを損ねてしまうのだ。

 それを咎めるのがチーフの斎藤だった。無口だが後輩育成には定評がある。

 北萬治氏の担当編集の土方が先生のごきげんを努めていた。あさってには新刊発売でサイン会も予定されていた。

 打ち合わせも夜を深めていた。編集部がハイヤーを手配し北萬治は当然のごとくそれに乗って目黒区内の自宅へ帰宅する。

 しかし、その運転手は事あるごとに眠りにつくよう促す。北萬治はこれを拒否。すると赤信号になって停車すると、運転手はスプレー缶を取り出し北萬治の顔目掛けて噴射。北萬治氏は子供のようにシートに横たわり眠ってしまった。

 北萬治はそのまま誘拐されてしまった。

 それから一時間後。編集部に一通のメールが近藤編集長宛に送られてきた。

 そのメールは目を瞠る衝撃なものだった。

 

 昨日。印刷会社が爆発事故で20名という負傷者を出したその晩のことだ。

 都内の目黒区内で居住している北萬治氏。昼間の取材を終えて、平城出版社の近藤編集長含めほかの社員と広々とした会議室に集まってあさっての新刊発売について打ち合わせをしていた。

 北萬治氏は新宿の紀伊国屋書店にてサイン会の予定となっている。

 北萬治氏の担当編集の土方 統治(ひじかた とうじ 37歳)クールな表情で落ち着いている。北萬治とは相性が合う性格だった。副編集長でもう十年も北萬治の担当をしている。

「先生、あさってのサイン会、ご足労かけますがよろしくお願いします」土方は立ち上がり一礼した。

「わかっておる。長い付き合いじゃないか、かしこまることではない」ふんぞり返る大作家の器量の広さにその場は和んでいた。

「それよか、先生」割ってはいったのが若い編集。沖田 幸司(おきた こうじ 26歳)。いまどきのチャラいイケメン。あまり北萬治は気に入っていないが調子のいい性格のこいつがたまに気が合うときがある。それが酒の席だった。

「なんだ」

「ノンフィクションとして今回売り出すわけですが、どこでこのような事実を知り得たんでしょうか?」

「すべて中身は書いてあるだろう、なにを見ているんだきみは?」ごきげんだった大作家の表情が曇った。

「おい、おまえ」斎藤が咎めた。

 斎藤 まじめ(さいとう まじめ 35歳)。チーフをしている。無口な男だが、後輩の育成には実直だった。

「ですが、事実であればこれは事件ですよ、警察から事情聴取されるような気がします」沖田の言い分はもっともだった。

「心配ない、私にはそれなりにパイプがある。気にせんでいい。事実を書くのが作家としての役目だろ。だいたい若僧が気にすることではない、黙っとれ」やはり仕事の場では沖田とは馬が合わない。

「沖田、おまえは仕事のときは口を挟むなといっているだろ」斎藤が沖田の腕を引っ張って会議室の隅に追いやった。

「すみませんでした」淡々といった。顔も口調もそっちのけだった。

「反省の態度ではないな、だいたいおまえの今日の恰好、黒い革靴、黒いスラックス、黒いジャケットって黒づくめだな…先生は黒色が嫌いなのを忘れたのか。少しは気をつかえ」

 沖田の口元の左口角あたりに小さなほくろが上がった。

「すみませんでした」微笑みながら沖田はいった。

「反省なしか。猿より質がわるい」斎藤は吐息を吐いた。「そういえば今日一日どこにいた、おまえは?」

「えっ、いえ別に…」沖田は目を背けた。

「まったく、仕事さぼってパチンコなんていってないだろうな」斎藤は小言のときだけ饒舌になる。

「もういいっすか、そろそろ自分退社時間なので、お先っす」沖田はそういってそそくさと帰ってしまった。

「斎藤どうした?」近藤が近寄ってきた。その場の暗雲に気づいたようだ。

「いえ、沖田のやつが…」斎藤は頭を掻きながら説明した。

「そうか、まぁあいつの役目はあさっての打ち上げだ。それまでは好きにさせればいい」

 近藤はどうも沖田に甘いところがある。咎めるべきところ、目に余るところ、それを留意し促す斎藤の言葉を慰めるのが近藤だった。これでは育成にはならない。そればかりか社会人として情けないままだろう。一人じゃなにもできない若僧のままだ。

 もう21時を回っていた。

「予定より遅くなってしまって申し訳ありません」近藤は土方と並んで会釈した。

「かまわん、わたしが余計な話をし過ぎた、がーはっはっは、じゃぁな」

「はい、お疲れ様でした」近藤、土方、斎藤が会釈した。

 編集部がハイヤーを手配した。北萬治は当然のごとく乗り込み、挨拶もそこそこにして目黒区内の自宅へと帰っていった。

 
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