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ショート・ショート

ヤングキープ・ウィルス

   

国力の低迷と財政不足に悩むドラスタン共和国は、国際的ハッカーグループに大金を投じ、列強諸国で共通となっている最高機密の入手に成功した。それは、「ヤングキープ・ウィルス」。その名の通り感染者の一部の寿命遺伝子を伸ばし、若々しいままでいさせてくれるというものである。しかも、疲労を緩和してくれたりといった効果を有する亜種まで存在するというフォロー範囲の広さもある。

その作成方法を掴んだ某国上層部は「史上最強の善玉ウィルス浸透計画」を極秘にスタートさせ、空調設備などを通して国民たちに感染させていった。

そして十年後、ドラスタン共和国には老いも疲れも知らない市民がどんどん増えていったのだが……

 

「しかし、つくづく便利な世の中になった。我々のような小国が、こうも簡単に列強から機密情報を得られるのだから。それも、自前の機関など一切使わずに」
 ヨーロッパの地理的、あるいは政治的な谷間に存在する「ドラスタン共和国」の執務室で、グライエフ大統領が感心とも呆れともつかないような声を出して笑った。
主席秘書官のリューネルも同意するように首を頷けている。
「それが、二十一世紀流というものなのでは? 大統領閣下。我々は、外を動き回るのは苦手ですが、大事な情報を好きなだけ閲覧し、持っていくことができます。それらがIT機器の中に存在しており、インターネットにつながっていれば、ですがね」
 紙にプリントし直した極秘情報を手渡しながら、大統領たちと向き合う若者は笑った。
 まだ二十代も半ばに達しておらず、修羅場を潜ってきたような凄みもまったく感じない。
 ドラスタン共和国の大学のキャンパスでいくらでも見つけられそうな雰囲気である。
 しかし彼は、とある国際的ハッカー集団の代表者の一人であり、彼らにコンタクトできるだけのパイプがあれば報酬次第であらゆる極秘情報を探してきてくれる、言わば闇のプロフェッショナルだった。
 そして、その評判が単なる噂でないことは、印字されファイリングされた紙の中にある情報から明らかだった。
「ま、今の僕らには大して価値があるとも思えませんが、列強三ヵ国全てがこの内容を最高機密に当てていたんですから、有用性は確かかと。この情報の存在を軸に交渉で有利に立つなり、別の情報を得るための代価としてキープするなり、色々使いではありそうですね」
「いいや、これは我が国が活用する。幸い、実用化までのプロセスもとても簡単だ。大学、いや高校の実験室を使ってもいいほどに」
 若者の言葉を、グライエフはきっぱりと否定した。単なる「材料」として済ませるにはあまりにも大き過ぎると確信したからである。
「その際は私がリーダーをつとめてもいいですね。一応これでも大学では生物工学が専門でしたから」
 と、普段は物静かな秘書官が乗ってくるほどに、ドラスタン側の関心は高かった。いや、もっと言えば政治的なレベルのみならず、全国民が欲するはずだという確信があった。
 ハッカーたちが持ち出してきたのは、「ヤングキープ・ウィルス」という存在に関する情報である。
 その名の通り、空気、飛沫、粘膜等々を通じて感染していく、人間の寿命細胞を伸ばす作用を持った「病原体」のことである。
 これに感染すると、人や動物は年を取らなくなる。
 細胞が「老化」という状態変化を示さなくなるのである。
 個人差や感染度合いにももちろん左右されるが、早い話がこのウィルスを取り込めば、細胞が経年的な変化を示さなくなるので、人はずっと若々しいままでいられるというわけだ。
 病気もさることながら、「老い」もまた人類に共通する悩みであり、労働力の低下、医療費の増大といった観点からすれば国家の課題でもある。
 無害なウィルスに「性質」を付与し運び屋役を担ってもらえばいいという拡散の簡単さ、さらには同じく害のないウィルスを数種類掛け合わせるだけで寿命細胞に良い干渉をしてくれるようになるという作成の容易性、長寿だけでなく疲労感も軽減してくれる亜種の存在等々、このわずかA4用紙十枚分にも満たない報告書には、明らかに人々の夢が満載されていた。
 そしてそれは、ドラスタン共和国の科学力でも簡単に現実にすることができるはずという程度の難易度でしかなかったのである。

 

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