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最後の贋札

   

春日 智昭とその部下たちは、裏社会の極秘任務を受けて五年間外界と離れたところで開発に没頭し、ついに極めて精巧な贋札製造装置を完成させた。

五年も極秘の地下室にこもり、外部との接触を一切絶って成し遂げた「快挙」に沸き上がるものの、近しい悪者たちからは一切連絡が来ない。

「上」の対応が妙ではあったが、装置を作った以上は実際に贋札を作って貰うべく、春日たちは自分たちの意思でサンプルを携え、贋札専門の紙幣デザイナー、裏の原盤師に会いに行くことに。しかし、五年前に会った時と比べてすっかり温和な雰囲気を身につけていた原盤師は、春日たちに向かって意外なことを言い出して……

 

「やっ、やったぞっ、ついに装置が完成したっ。あらゆるテストを通過したっ」
 ボロボロの白衣をまとった春日 智昭が声を上げると、人里から隔離された地下室の中に、歓声が響きわたった。
 皆、髪はぼうぼう、髭も伸び放題で、肌の色艶も滅法悪いが、その表情には満面の笑みが浮かんでいる。
 もっとも、瞳の輝きはとても無邪気とは言えないものでもあった。
「やりましたねっ、親分、これで、金に困るってこともなくなります!」
「『上』への支払いも問題になりません! それどころか、組織全体を買い取ることだって……」
「ふふ、そんな昔の呼び方は止めろよ。今後の俺たちはもっとスマートに行く。何だってできるぞ。資産家、政治家、そして影の実力者。裏庭に油田があったようなものなんだからな」
「実際はただの紙ですがね。しかしあらゆるものに変換できる魔法の紙ですよ」
 彼らのいる室内の多くを占めている、他ではあまり見られない機械、それは紙幣を作るための道具である。
 印刷所にあるものと少し似ているが、あらゆる意匠や技巧を取り入れられるだけの性能があり、しかも当然量産もできる。
 もちろん、部品の購入にあたって莫大な資金が必要となるが、いくらでも刷れるのだから、そこはまったく問題となり得ない。
 春日たちは、いわゆる裏社会の住人だった。
 なかなかいい「商売」にはありつけず、「上」とのつながりのために小間使いのような仕事を続けていたが、春日とその部下たちが理科系の大学を出たインテリでもあったことで、極秘プロジェクトを任され、極秘の避難用シェルターを使って取り組んできたというわけだ。
 製紙、印刷、品質の均一化……、およそ贋札作りに必要そうに思える工程の多くを過去の小説や映画などから吸収し、指針を作って実行に移していった。
 およそ五年もの間、敷地内からは一歩も外に出ず、さらには電話やネットなどの通信手段は一切用いなかった。
 外界への「ルート」があればそこから誰かが入ってくることは難しくなくなるわけで、「自力での紙幣発行」、要するに贋札を作るという任務の極秘性を考えると、どうしても秘匿性を第一に考えねばならなかった。
 幸い、作業場がかつては避難用に作られたシェルターだったということで食料や水はとても豊富だったし、ごくたまに様子をうかがってくる連絡役も存在していたので、命の危険とは無縁だったし、外の様子を気にする必要もなかった。だからこその成功とも言えるだろう。
「これで保存食ともおさらばできるぞっ! テレビもパソコンも自由だ!」
 春日の言葉に、強面の男たちのテンションがさらに上がる。「各支部への保存も完了しました!」との部下の声は、彼らの「仕事」がもう絶対に止まらなくなることを示していた。
 たとえ今ここに隕石が落ちてきたとしても、贋札作り用の専用機械や、そのパーツ調達用のデータの全てはすでに世界中に拡散した。
 いずれ誰かが見つけ「仕事」に使うだろう。故に、春日たちはその前に結果を出す必要がある。
 既に電子顕微鏡や超細密成分分析機を使って、各国の主要紙幣を構成する紙や等々の分析までもを済ませているから、いくらでも「アレンジ」は効く。
 極秘に集った少数精鋭のグループだということを考えると、春日たちは恐るべき仕事ぶりを示していると言っていいだろう。
「サンプル、仕上がりました」
 部下の一人が春日に一枚のシートを手渡した。
「春日紙幣研究所発行 一万円」と記されており、春日の顔が描かれている。
 お世辞にも優れたデザインとは言えないが、この一枚のシートから二十四枚の「一万円札」が生み出される。
 この場合はさしずめ、「春日札」ということになるだろうか。
「おおう、実際に仕上がるとやっぱり実感が違うなっ。ふふふ、紙幣研究所か。言いえて妙だ」
「親分、いえ、所長ならきっと半世紀後には本物のお札にも顔が出ますよ。何たって今や、どんな富豪にだってなれるんですから」
 周囲からの追従も、今日の春日には素直に聞くことができた。
 紙の研究をしようとしていたが、大学院の席に漏れ、奨学金を返せなくなったことがきっかけで裏社会に入り込んでしまった彼にとって「春日紙幣研究所」という表記は素晴らしく甘美な響きを伴っていた。
「しかし、この晴れの日に誰も来ないってのは、何か嫌ですね」
 部下の言葉に春日は内心で頷いた。
 プロジェクトが始まってからしばらくの間は、頻繁に「上」から指示が飛び、あるいはねぎらいの言葉がかかっていたものだが、ここ一年ほどはぱたりと音信が途絶えてしまっている。
 様子を伺いにくる連絡役の下っ端も、半年近く顔を見せていない。便りがないのは無事な証拠と言うし、実際今に至るまで誰からも潰されていないからこそ、今日研究が完成したわけだが、物足りないところがあるのは事実だった。
「まあいい。金持ちは無駄な喧嘩はしねえもんだ。少し休んで仕上げにかかろうぜ」
「そうっすね。何たって俺たち、世界一の金持ちになるんですから」
 春日の提案に、部下も軽口で応じる。
 人が来る、来ない程度のことでせっかくのいい気分を台無しにはしたくなかったし、それよりもまず休息したいというのが本音だった。

 

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