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歴史・時代

東京探偵小町 第五話「消えた猫」 <1>

   

震える肩を抱く蒼馬の足に、何か温かいものがふれた。
それが愛猫の「縞」だと気づくや、蒼馬の顔が明るくなった。
「そうだ、今日はおまえがいたんだよね」

小説版『東京探偵小町
第二部 ―夜会編―

Illustration:Dite

 

 突然の息苦しさを覚えて、蒼馬はうっすらと目を開けた。
「暑い…………」
 暦はまだ六月だというのに、この暑さはどうしたことだろう。気温のせいなのか、それともまた熱があるのか。
「…………もう……なんでこんなに暑いんだろ…………」
 蒼馬は自分の額に手をやり、そこがやはりいつもより熱いのと、ひどい寝汗をかいているのに気づいた。この分だと、寝巻きを替えなくてはならないくらい、全身にもびっしりと汗をかいているに違いない。
「だから、夏はキライなんだ」
 月明かりを頼りに横を見ると、上掛けがいつのまにか足元のほうに追いやられている。掛け直すのも面倒くさいが、寝汗で体を冷やせば、後で辛い目を見るのは自分である。仕方なく起き上がったその瞬間、胸に激痛を覚えて、蒼馬は顔をしかめた。
(…………大丈夫。これなら、大丈夫……やり過ごせる)
 湿った寝巻きの、少しはだけた襟の合わせを掴み、ただひたすら、痛みが過ぎ去るのを待つ。額にまた汗を浮かべて苦しみをこらえながら、蒼馬は、今は何時なのだろうと考えた。夏は「短夜」というのに、窓の外には、まだ朝の気配すらなかった。
 こんなとき、蒼馬はいつも、どうしようもない絶望感に襲われた。
 痛みや苦しさに眠りを奪われて目覚めた夜半過ぎ、果てしのない闇が世界を覆い尽しているのを見ると、もう永遠に、朝など来ないのではないかと思ってしまう。自分には、もう明日など来ないのではないかと思ってしまう。
 どんなに馬鹿らしいと思っても思考はいつもそこへ還るから、蒼馬は一度夜中に目覚めると、二度寝など絶対にできなかった。そのまま朝が来るまでまんじりともせずに過ごし、結果、寝不足と体調不良で翌日を棒に振ってしまう。
 去年の冬頃から、とみにそれが多く、蒼馬は夏を前にしてすでに体力を著しく消耗させていた。本格的に暑くなる前に、このやつれ具合をなんとかしなれば、今年の夏もまた病院暮らしになってしまうだろう。
 いや、入院くらいで済むのなら、まだいい。
 もしも、この夏を越せなかったら――――。
「……………………っ」
 知らず震える肩を抱く蒼馬の足に、何か温かいものがふれた。それが愛猫の「縞」だと気づくや、きつく寄せられていた眉がやや開き、蒼馬の顔がわずかに明るくなった。
「そうだ、今日はおまえがいたんだよね」
 蒼馬の声に応えてか、こちらも目覚めたらしい縞が、蒼馬にそっと身をすり寄せてくる。蒼馬は、今や唯一の「友」と言っていい、菜種色の目を持つ美しい雌の虎猫を膝に抱き上げた。
「もう……縞ったら、いったん外に出ると、何日も帰ってこないんだもんな。一体、どこをうろついていたんだよ。四日も姿を見せてくれないから、心配しちゃったじゃないか」

 

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