幻創文芸文庫 (β)

小説好きの創作小説を無料配信*スマホ対応

ノンジャンル

感動強度

   

塚田 洋平は売れない小説家。無数のペンネームを使って自由自在に作風を変える天才漫画家、日高 京介の唯一の親友という強みがあるため、半ばバーター的にプロとしての椅子に座れていたのだが、最近日高はペンを握らなくなってしまった。

たまらず理由を聞くと、日高の兄が強盗のニュースを聞きキレていたことがきっかけだという。

自分が一月机にかじりついて作り上げた作品よりも、たった一分原稿を読み上げた方が強く感情を揺さぶられる人の姿を見て、気付くものがあったと日高は語った。

「それは事実なんだからしょうがないだろ」と流して仕事を促す塚田だったが、結局お目当ての原稿を貰う約束はできず、代わりにモヤモヤとしたものを抱えることになった……

 

 塚田 洋平は、小学校以来三十年以上の付き合いになる親友を前にして、内心やきもきしていた。
 表情には出さないよう努力しているが、うまくやれているかは分からない。それほど、事態は深刻だった。
 塚田が今腰掛けているのは、親友、日高 京介のワーク・チェアー。
 仕事場の主である日高は、来客用のソファーに身を沈め、テレビのニュースをぼんやりと眺めている。
 常にうずたかく積み上げられた原稿用紙とインクとペンが鎮座していた仕事机の上には今や、うっすらとしたホコリ以外のものを見出すことはできない。
「どうだったかな?」
 日高は、コーヒーカップを口元に運びながら声を掛けてきた。週七日の執筆と、そのうち五回は徹夜作業という恐るべき仕事量で培われた巨大なペンだこがわずかに小さくなっているようにも見えた。
 塚田は、心中のちりっとした懸念を示さずに頷いた。
「実にいい出来だ。没にしていたとは思えないよ。本当に貰っていいのか?」
「別に構わないよ。それで君と読者が喜んでくれるなら。いつもの事だし。うまく脚色しておいてくれ」
 素っ気ない親友の言葉に、塚田は、軽く苦笑いして原稿を受け取った。
 これで、ノルマは達成できた。売れない小説家である塚田の締め切りと、もう一つの仕事である原稿取りを済ませることができたというわけだ。
 長年、まったく売れておらず、またその兆しもない塚田が出版社から継続的に仕事を貰っているのは、「天才匿名作家」である日高とのパイプを持っているからだ。
 日高は、恐るべき速度と精度で仕事をこなし続け、数々のヒット作を手掛けているが、社会的な知名度は皆無である。
 何故なら、無数のペンネームを使い分けているからである。
 それも、出版社、作品名ごとに別々の筆名を使い分け、一度使った名前は最長五年までしか用いないほど、本名を全力で隠している。
 アシスタントも公募せず名前どころかごとに連絡先を分け、打ち合わせにも代理人をよこす。もちろんサイン会などには一切出ないし、著名人の招待にも一切応じない。
 そうした秘匿の徹底ぶりによって、現在の漫画業界には「正体不明の作家」が溢れているほどだ。
 つまり、数十名ともつかないとされている匿名作家の正体は日高だということである。
 ここまで正体を隠し続けるとなると、普通なら敬遠されるところだろうが、日高には図抜けた才能があった。
 どんなジャンルの作品でも描けるだけでなく、その作品に合った画風に自在に変化させられ、しかも、ちょっとしたことで正体を見破られることすらないというほどのセンスを有していた。
 そのため、業界全体で「あの作家」待望論が巻き起こり、日高と接触できる、と称する代理人たちも注目を集めることとなった。
 もちろん中には騙りや詐欺まがいの連中も含まれていたが、塚田が持ってくる原稿は、当然ながら極めて出来が良くしかも安定しているため、「こいつは本物だ」、「仕事をよこしてコネを作っておくか」という流れになっている。今や作家ではなく原稿取りとして、塚田を認識している人も多い。
 だからこそ、この現状は塚田にとっても問題だった。
「な、なあ、ネタを考えなくて済んだのはありがたいんだが、『魔道伝記異聞』の続編は描かないのか? いや、もちろん出版社はいつまででも待つって言っているけど……」
「最終回だけはやるよ。ただ、ちょっと描く気にはなれないな」
「『科学娘エイミーちゃんが行く!』の方はどうだ? あれも結構評判が良くて」
「もう単行本には十分な分量には達したんじゃないのかな? 版権は出版社にあげるからアニメ化されたら好きに作ってくれて大丈夫だよ」
 日高の受け答えはいつも通り穏やかだったが、まったく取り付く島もないことは、長年の親友である塚田には分かった。
 ただ、彼がここまで作品作りに熱意を見せないことなど記憶になかった。
「ま、まあ、疲れたってことならいつでも休めばいいさ。ただ、お前が何もしないってのも意外で……」
「ふふ、電話でも言った通りだよ。僕はしばらく、漫画を描くのを止める。三年か、十年か、一生筆を置いたままにしておくかも知れないな。蓄えもあるし周りには迷惑が行かないようにもする。今ここで言う話ではないかも知れないが、他の代理人さんにもそれぞれ違う原稿を進呈しているよ。長年のご協力に少しでも報いられればいいんだけど」
 そう言ってコーヒーを飲み下す日高の瞳には、今まで塚田が見てきたような、静かな熱情の火はなかった。
 単に一時的に気分が落ちているというわけでもないようで、だからこそ塚田にとって看過し得るものではなかった。
「なあ、お前一体何があったんだよ」
 塚田は笑顔を崩して真顔になった。仕事からやや離れた感情からくる表情でもあった。
「そりゃあ、売れっ子作家は大変だろう。仕事量や責任、質の確保に、周りへの配慮。俺じゃあ及びもつかない話だよ。嫌気が差すのも無理はない。だけどよ、日高。お前は『普通の一流』や『単なる天才』じゃあない。描かないなんて有り得ないはずだ」
 塚田の言葉は虚偽ではなく誇張でもなかった。
 日高は、既存のいかなる優秀なプロと比べても、明らかに筆が早く、思考は明晰かつ柔軟で、思い付いたことをいきなり完成品として世に出せる人間だ。
 発表にあたって無数のペンネームを使い代理人を挟んだシステムにしても、雑誌の掲載枠という「プロの椅子」を盛大に独占することによる嫉妬や「作家潰し」の動きを事前に恐れたためである。
 逆に言えば、他者の「椅子」を奪い尽くしてでも好きなだけ作品を発表したいというのが日高の本音であり、何があっても「描かない」という選択肢はないはずだ。

 

-ノンジャンル
-, ,


コメントを残す

おすすめ作品

怪盗プラチナ仮面 7

   2017/08/22

ロボット育児日記19

   2017/08/22

アストラジルド~亡国を継ぐ者~アグランド編 第26話「消えない思い出と消せない日々」

   2017/08/21

見習い探偵と呼ばないで! Season20-21

   2017/08/21

美しき人

   2017/08/18