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ミステリー・サスペンス・ハードボイルド

見習い探偵と呼ばないで! Season18-12

   

 呼び鈴に応えドアを開いたのは母親だった。眼前に消えたはずの長男の訪問に母は腰を抜かすほど驚いていた。

 母は息子の名前を叫んだ。

 父親は血相を変えて怒りを露わに訪問者を殴り飛ばして追い出そうとしているのが気迫で伝わっていた。妹はまだ小学三年生だ。久々の兄との対面で嬉しそうな笑みを浮かべているが、寄り付いてこない。少なからず敬遠している。その態度でわかった。

 もう兄は兄ではない。よその子供を預かっているだけだったのよ、と母が呪文のように耳元で言い聞かせていた。

 こういうときだけ勘は働く。嫌なことばかりは直感が鋭くなる。人間の中にある能力はマイナス思考に呼応するようできている。実際そのとおりだからしかたがない。ここはもはや思い出の場所ですらない。

 父親は拳を振り上げた瞬間、数道はポケットから取り出した。苛立つ父親に突進していった。その手にナイフを握りしめていた。

 父と息子の身体がぶつかりあった。

 腹を切り裂き床を赤く染めているのは父だった。糸が切れたように崩れる父を尻目に次は派手な女に視線を流した。まだ腰を抜かしていた。悲鳴もあげられないほど恐怖に震えている。恍惚した喜びが数道の体内の血液に流れているのがわかる。

「ひとつ答えろ。俺はいったいなんだ?」

「あなた、は…」母は恐怖に憑りつかれたように喉が詰まっている。「私の姉夫婦の子供…でも、会社を経営していた夫、あなたの父親よ、経営に行き詰まって倒産…負債を抱え込んで二人は無理心中したのよ…子供だけを私たちのこの部屋の玄関に、勝手においていった…つまり」

 数道は床で腰を抜かす女を下目に見ながら続けた。「捨て子ってことだな…」

 育ての母の焦点の合わない震える顔を見て悟った。無言でイエスだといっている。

 絶望だった。すでに憎むべき両親はこの世にいない。復讐の刃は幼少期を不幸のどん底で育ててきたこの母親代わりの厚化粧の匂いと一緒に歩くことができない派手な格好の女に、刃を突き刺す以外にない。

「そうか、わかった。教えてくれて…」数道は優しく微笑んだ。「これまで育ててくれてありがとう、母さん…」

 感謝の言葉は恐怖の呪縛が解かれた母親は、安堵感から全身は風船がしぼんだように吐息を吐いた。ぐったりと恐怖に憑りつかれて疲弊している。

 息子の身動きしない両足にただならぬ気配を感じとった母親は、ちらっと視線を上げた。

 数道の右腕が天に伸びていた。その手にはナイフが固く握られていた。

「死ね」

 声にならない母の恐怖に歪む表情を数道は忘れることはないだろう。

 躊躇いの寸止めすらない。真っ逆さまに右手は下降した。
 
 

 六畳ほどのキッチンの床は、大人二人分の血液が洪水のように広がっていた。

 数道は妹に視線を向けた。自分と同じ境遇に陥った幼児だ。だが、もう親戚も頼れる者もいない。中学三年の年齢になった数道はそれなりに裏の世界で生きていける。この一年半の家出でそのパイプをつないだ。

「こんな厄介なものを連れて生きていくことは不可能だ。悪く思うなよ…楽しそうに家族ごっこしているのを見ていなければ全身全霊で救ったかもしれなかったけど…」

 両親の血肉で染まったナイフをあどけない少女に向けていた。
 
 

 一家惨殺事件の犯人はこうして逃亡を続けていた。数道は名を捨て裏世界に潜り込んだ。
 
 

≪つづく≫

 

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