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歴史・時代

東京探偵小町 第五話「消えた猫」 <3>

   

日本のしきたりでも女学校の勉強でも、わからないことが出てくると、時枝はすぐに倫太郎に尋ねた。それで満足の行く答えが得られなかったことなど、まだ一度もない。

小説版『東京探偵小町
第二部 ―夜会編―

Illustration:Dite

 

 柏田が九段坂探偵事務所を訪ねていた頃、時枝は春子の案内で、聖園女学院の寄宿舎「まりあ寮」を訪れていた。
 聖堂の奥、校舎の裏庭に面して建つ寮舎は、飾り気のない質素な木造の二階建てだった。中央階段の窓に小さなステンドグラスがはめ込まれているのが、カトリック女学院の寮舎らしい趣きを醸し出している。
「ふーん、『まりあ寮』のなかって、こんなふうになっていたのね。知らなかったわ」
 舎内を物珍しそうに見渡しながら、来客用のスリッパに履き替えて上がり込む。春子の説明によると、一階にシスターと寄宿を希望した教師たちが、二階に三十余名の生徒たちが起き伏ししているとのことだった。
「ひばりにかなりあ、せきれい、こまどり……それぞれのお部屋に、小鳥のお名前がついているんですのね。かわいらしい」
「一年級から四年級までは学年を取り混ぜて六人で一部屋、お二人だけいらっしゃる五年級のお姉さまがたは、二人で一部屋です」
「なるほどね。春子ちゃんのお部屋はどちら?」
「わたしは、そこです」
 そう言って春子が指差したのは、中央階段を上った先にある二階ではなく、階段下の納戸だった。驚く時枝たちに、春子は慌てて説明を付け足した。
「わたし、校費生なんです。学費と寮費を学院から頂くかわりに、まかないのお手伝いをしたり、シスターや先生がたの御用を言い付かったりしているんです」
「だからって、納戸に住まわせるなんてひどいわ」
「違うんです、お姉さま、ひどくなんかないんです。校費生はいろいろなお仕事がしやすいように、納戸をお部屋代わりにするって、昔から決まっているんです」
 詳細を知る者は少ないが、聖園女学院には幾つかの学費減免制度がある。春子のように、成績とは切り離しての免除を受ける校費生には、寮や学校での勤労奉仕が義務付けられているのだった。
「わたし、女学校に入るのを家中で反対されたんです。そんなとき、小学校の先生が、聖園女学院の校費生のことを教えてくれて……だから、これで十分なんです。それに、寂しいときは、いつもハナちゃんがそばにいてくれましたから」
「そのハナちゃん――春子ちゃんの大事な猫ちゃんが、急にいなくなっちゃったのね」
「はい」
 春子の頼みというのは、簡単に言うと「猫探し」だった。
 入学してすぐの頃から、週に二度は遊びに来ていた雌の虎猫が、もう半月以上も姿を現さないのだという。春子はその虎猫に「ハナ」という名を付けてかわいがり、小間使い半分の校費生として暮らす日々の、小さな慰めにしていたのだった。
 ただ、野良にしては美しく気立ての良い猫だったせいか、やがてハナは、他家でも可愛がられるようになっていった。その証拠に、時々、首にリボンを巻いて現れることがあったのだという。
「あの、わたし……いけないことだってわかっていたんですけど、ハナちゃんがどこかの飼い猫になってしまうのが嫌で、そのリボンを取っちゃったことがあるんです。何回も。だって、猫にこんなにきれいなリボン……きっと、すごくお金持ちの人だと思うんです」
 春子は心底申し訳なさそうにつぶやくと、袂から藍色と桔梗色のリボンを取り出した。

 

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