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家元 第二部 母と娘(後編)

   

泥沼と化した日中戦争、様々な規制が敷かれていた。舞踊界も例外ではなかった。

大正デモクラシーという自由な時代に、梅蘭芳やアンナ・パブロワを見た志乃と、戦時下に育つ娘の佳代子では環境が全く違っていた。

佳代子は難しい思春期、それに女学校進学問題が、母と娘の間に隙間風を吹き込んでいた。

夫、圭介がその隙間風をふさいでいた。

昭和20年、戦争が終わり、世の中が大きく変わると、母と娘の関係は急速に悪化し、ついには、娘が踊りとの決別を宣言するまでになってしまった・・・

 

 
皇紀二千六百年
 

日中戦争の長期化などにより、物資統制の他、日々の生活にも様々な影響が出ていた。

昭和12年(1937)年11月に内務省警保局長より出された「興行取締ニ関スル件」では、落語や漫才などの大衆芸能は「低調卑属」なものと言われ、今後は「時艱克服ノ為協力セシムル」べくと指導を受けていた。

開催が決まっていた第12回夏季オリンピック東京大会も、対外関係も思わしくなく、その2年前。昭和13年(1938)7月に返上していた。

当然、このような体制下の波は舞踊界にも押し寄せていた。

昭和15年(1940)、神武天皇の即位から2600年目にあたる皇紀二千六百年に、舞踊界の統制を図るため、「大日本舞踊聯盟」が警視庁の肝いりで結成された。

「どちらですか?」
「はあ、満州です。大連、ハルピン、長春と長旅です。」

こんな会話が楽屋で交わされていた。落語家、講談師、漫才師、浪曲師、剣術家、舞踏家、そして歌舞伎まで、あらゆる芸能分野の者が、戦地の兵士たちを励すために派遣されていった。

この年(昭和15年)、1月31日、日比谷公会堂で「皇紀二千六百年奉祝芸能祭式典」が開かれた。

「ほお、一流ばっかりやな。」

新聞を読んでいた夫の圭介が唸っていた。

だが、披露されたのは全て「建国舞踊」、「建国音頭」と言った名前のものばかり。大正デモクラシーという自由な時代に育った志乃が、京劇の名優、梅蘭芳や、ロシアの名バレリーナ、アンナ・パブロワの公演を見ていたのとは全く違っていた。

「うちはよう分りまへん。」

  佳代子には、ほんまにええもんを見せてあげたい・・

志乃の心は曇っていた。
 

 

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