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ミステリー・サスペンス・ハードボイルド

生かすも殺すも匙加減①

   

305号室に引っ越してきた谷中道雄と朋子夫婦。
そろそろ子供が欲しいと思いこのマンションを購入した。
お隣の306号室の萩野圭一と華世子夫妻は、気さくでその日のうちに夕食の誘いを受けた。
楽しい時間を過ごした道雄と朋子であったが「食事の味が薄い」と言った圭一の一言が、何故か心に引っ掛かる朋子であった。

 

「本当にいいマンションね。」
と朋子は引っ越しの荷物をほどきながら言った。
「そうだな。値段も手頃だったしな。」
そう答えたのは、夫の道雄だった。

二人は会社の同期で、入社して3年程経った頃、お互いを意識し始めた。
交際して1年で結婚し、お互いの部署も違うので、そのまま朋子は会社に残り、共働きをする事となった。
今回このマンションを購入したのは、今までの四畳半2間のアパートでは手狭になった事と、結婚して3年も過ぎたので、そろそろ子供が欲しいと思うようになったからだ。

二人の勤務する会社は、出産や育児には積極的で、希望すれば子供が小学校を卒業するまで、女性社員は『育児タイム』と言う短時間勤務を利用する事が出来るのだ。
既に30歳手前の朋子は、この制度を利用して出産・育児にチャレンジしてみようと思ったのだ。
ただ、高齢出産に変わりは無いので「妊活しなくちゃダメよね?」と心の中では様々な計画を立てている最中であった。

「なあ。昼飯食ったら自治会長さんと、同じ階の人に挨拶しに行っちまわないか?」
と道雄が朋子に提案すると
「そうね。最初が肝心だものね。」
と朋子も同意した。
二人はそう決まると、急いで引っ越しの荷物を片づけた。

二人は昼食を済ませると、エレベーターに乗り込み、まずは5階の最上階で、501号室に住む自治会長の竹山夫妻を訪ねた。
道雄は少し緊張気味にインターフォンを押してみた。
すると中からは優しそうな老人の声で
「はい。どちら様ですか?」
と返事が返ってきた。
「あの、今日引っ越してきた305号室の谷中です。ごあいさつにお伺いいたしました。」
「ああ、ちょっと待ってね。今ドア開けるから。」
中の老人はそう言うと、直ぐにドアを開け奥様であろう老婦人と共に、にこにこしながら出てきてくれた。
「ごあいさつにお伺いいたしました。305号室の谷中道雄と申します。こっちが家内の朋子と申します。何かと知らない事ばかりなので、どうぞ宜しくお願い致します。」
道雄が挨拶を終えると、朋子も深々と
「宜しくお願い致します。」
と頭を下げた。
すると奥の老婦人がすかさず、
「そんな堅苦しい事抜きにしましょう。管理人さんから若い夫婦が305号室に越してくるって聞いて、とても楽しみにしていたの。こちらこそ宜しくお願いしますね。」
「こちらこそ分からない事の方が多いのでどうぞ宜しくお願い致します。」
と朋子はまた頭を下げた。
「ほら、また。気楽に、気楽に…っね!」
そう言って竹山夫妻は優しく微笑んだ。
二人は改めてお辞儀をすると、挨拶代わりのタオルを渡し、自分たちの住む3階へと戻った。

 

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