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歴史・時代

東京探偵小町 第六話「花火見物」 <1>

   

「…………景気のいい朝顔だぜ、よっぽど育て方がいいンだな」
画用紙に描かれた、拙いけれど美しい朝顔に、和豪が目を細める。それを見て、倫太郎も頬に微笑を刻んだ。

小説版『東京探偵小町
第二部 ―夜会編―

Illustration:Dite

 

 新橋駅の構内に、男の哄笑がこだまする。
 それに重なる誰かの悲鳴、倫太郎と和豪の叫び。
「大将ッ!」
「先生!!」
 駆け寄ろうとするものの、足がもつれて思うように走れない。そんな二人をあざわらうかのように、男が血塗れた刃を再び朱門の胸に振り下ろした。血飛沫が男の顔を赤く染め、彼自身をさらなる狂乱の渦へと巻き込んで行く。
「死ねぇ、死んでくれぇ! 頼むから、死んで、くれ…………!」
 とめどなくあふれる血が、朱門を朱に染めて行く。やがて朱門が何かをつぶやきながら膝を折り、止まっていた時間が動き出した。
「大将ッ! 大将オォッ!」
 朱門と共に犯人を追っていた私服巡査たちが、血の滴る刃物を握り締めたまま、乾いた笑いを発し続ける男を取り押さえようと走り出す。朱門を刺したその男は、包丁を振り回して巡査たちを威嚇すると、隠し持っていた小さな刃物を我が胸に突き立てた。
 そんな犯人に目をやる余裕もなくその脇を駆け抜け、和豪は朱門に腕を伸ばした。倒れ伏した朱門を、少しでも楽なようにと仰向けにするものの、傷口からあふれ出た生ぬるい血が、和豪の腕にまで伝ってくる。
「大将ッ!」
 もうそれ以外に何も考えられず、和豪はただ、朱門を呼んだ。
「大将、しっかりしてくれ、大将ッ!」
 朱門の目が、しっかりと和豪のほうに向けられた。一方の倫太郎は和豪の反対側に膝をつき、脱いだ上着で傷口を圧迫しながら、なんとか止血をしようと試みていた。だが、どうやっても出血は止まらず、倫太郎の上着をただ赤く染めていくだけだった。
「誰か、医者を! 医者を呼んで下さい! 早く!!」
「いい、んだ……これ、で、いい…………」
「なに言ってんだよ、ちっとも良かねェよ! 待ってろよ、すぐに医者が来るからな!」
「…………の……字架は……時枝に……………」
「先生! 先生っ、喋ってはだめです!! 」
 倫太郎がかける言葉も、悲鳴に近い。そうしている間にも朱門の顔からはどんどん血の気が失せていき、今はもう土気色に近くなっていた。「助からない」という予感が実感に変わり、倫太郎も和豪も体を震わせた。
「くそっ、なんで血が止まらねェんだ。医者はまだなのかよ! 大将が死んじまうだろうが!!」
「倫、太郎……和豪…………枝を……たの、む……………………」
「先生?!」
「おい、大将? たい……大将オォッ!」

「大将ッ」
 夏掛けを跳ね飛ばし、和豪が弾かれたように起き上がった。朦朧としていた意識がハッキリしていき、夢を見ていたことに気づく。和豪は額の汗を拭うと、その拳を布団に打ち付けた。
「…………くそっ……大将…………!」
 もう何度、同じ夢を見ただろう。あのとき――朱門があの殺人鬼と対峙したとき、自分はなぜ動くことができなかったのか。それを繰り返し考えているから夢に見るのだろうが、それにしても、和豪は自分で自分のことが理解できなかった。
 倫太郎はまだしも、朱門の「用心棒」を自負していた自分が、たとえ朱門に「ついて来るな」と命じられていたとは言え、どうして微動だにできなかったのだろう。あのとき、気配を察して駆け出していれば、少なくとも朱門の絶命は避けられたはずだった。

 

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