幻創文芸文庫 (β)

小説好きの創作小説を無料配信*スマホ対応

ノンジャンル

寝悪魔は良い夢を見せる(上)

   

「私」は、常に冷静で物知りだった祖母を尊敬していた。

一方であらゆる娯楽や趣味に関心を示さず、料理にすら舌を躍らせない祖母が、少女の頃は夢見がちで甘く耽美な小説を書いていたことが信じられなかった。

「私」が、有休を取って新人賞を取るための原稿を仕上げながら、結末が書かれていない祖母の小説を継ぎ書きしていると、睡魔に襲われた。そして目を覚ますと、傍らに執事のような悪魔が現われた。

彼は自らのことを「寝悪魔」と呼び、眠りさえすればあらゆる夢を見せてくれると言うのだが……

 

「本当にそれで良かったの、明子。そりゃああなたに遺産ってわけにはいかないけど、もっといい物の方が」
「いいんです、おばさん。私、おばあちゃんのことが好きだったから、少しでも近くにあったものの方がいいの」
 私がそう言うと、町子おばさんは困ったような笑い顔を浮かべて、「欲しいのがあったら連絡しなさい。一人暮らしには物がいるんだから」と言い残し、自分の車に戻っていった。
 今年で九十歳になる私のおばあちゃんが二月前急に亡くなったのは、仲が良かっただけに正直ショックだった。平均寿命云々の話では、個人の死に「納得」ができるかは分からないと強く思ったものだ。
 でもようやく立ち直り、今日はおばあちゃんの部屋の片付けをしている。
 もっとも、とても整頓されていたから、本当だったら私たちはいらないぐらいだった。つまり、形見分けをさせて貰おうとこちらが動いた、というのが今日の集まりの真意である。
「大丈夫よ、明子さん。悲しんだり不安になったりできるのは、生きている証拠ですよ。そして、生きていれば選択肢はあるものです。このおばあちゃんを見ているといいのです」
 学校のことや人間関係で悩むたび、私はおばあちゃんに話を聞きにいった。
 どんなことを聞かされてもおばあちゃんは動じず、落ち着いた声で私をなだめてくれた。
 冷静沈着を絵に描いたようなあの人を、私は好きだった。博識でもあったから、ますます親しみが持てた。
 作家になる夢と現実の板挟みになり押し潰されそうになった時も、家族の中で唯一、私の味方をしてくれた。
「明子さんは大丈夫。驚くようなことは起きません」
 と、いつも通りの静かな表情と声で、私を助けてくれた。あの時貰った二十万円がなければ、私はもう夢を追えていられなかっただろう。
 ただ、その一方で、私は、もっと言うと家族の誰もがおばあちゃんに親しみを感じられない瞬間はあった。 

 

-ノンジャンル
-, ,

寝悪魔は良い夢を見せる 第1話第2話

コメントを残す

おすすめ作品