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歴史・時代

東京探偵小町 第六話「花火見物」 <2>

   

「自分で言うのもなんだけど、倫ちゃんとわごちゃんに似合うような気がしてきたわ! 特に倫ちゃんって、普段はお洋服だから、着てもらえるのが楽しみなの」

小説版『東京探偵小町
第二部 ―夜会編―

Illustration:Dite

 

 女学校の門をくぐるや、再び眠気に襲われた時枝は、みどりの前で大きなあくびをした。この分では、一限目の地歴の授業の間中、睡魔と闘わねばならないだろう。ここ数日、試験勉強と仕立て物の両方に追われ、相当、疲労が溜まっているのだった。
「ずいぶんお疲れのご様子ですわね。少し頑張りすぎなのではありません?」
 目もとにうっすらとクマのある時枝の顔を覗き込んで、みどりが気遣わしげに尋ねる。時枝は「こうでもしないと、花火大会に間に合いそうにないんだもの」と苦笑してみせた。
「でもね、みどりさんのおかげで背縫いまでは終わったの。ねえ、試験が終わったら、もういっぺん襟付けのところを教えてくれる? 自分で言うのもなんだけど、倫ちゃんとわごちゃんに似合うような気がしてきたわ! 特に倫ちゃんって、普段はお洋服だから、着てもらえるのが楽しみなの」
「ええ、なんでも聞いて下さいな。襟付けが終われば出来上がりですもの、もうひと踏ん張りですわね」
「あとは試験が終わって、ハナちゃんが無事に見つかってくれれば、何も言うことはないんだけど……あら?」
 今度は時枝が、みどりの顔を見つめる。みどりの顔にも、時枝と同じような憔悴の影があった。
「みどりさんだって、すごく疲れたような顔をしているわ。きっと毎晩、遅くまで勉強をしているのね」
「わ、わたくしは、その……時枝さまのように、学業優秀というわけではありませんから」
「うそうそ、みどりさん、どの学科もよくできるじゃない。あたしなんて、成績が良くなかったら、花火見物に連れてってもらえないのよ。倫ちゃん、こういうところは、ほーんと容赦ないんだから」
 拗ねたような口ぶりが微笑ましくて、みどりが苦笑を浮かべる。だが、中庭のほうからやってきた人影にふと目を留め、急に表情を強張らせた。
 みどりの視線の先にたたずむのは、聖園女学院でピアノと西洋舞踏を教える、芸術科の特別講師・御祇島時雨だった。
「おはよう、松浦さんに……永原さん。試験勉強は順調ですか?」
 音もなく歩み寄り、微笑みかける。時枝とみどりも礼儀正しく挨拶を返し、毎日の勉強時間を増やして、きちんと試験に備えていると応えた。
「それは結構。時に、永原さん」
 御祇島は時枝に視線を移し、下級生たちが「永原ルック」と呼び習わしている、裾みじかにはいた袴姿を眺めた。
「授業の様子を見ていて思ったのですが、あなたはダンスの経験がありますね? 上海の学校で習ったのですか?」
「いいえ、正式に習ったことはありません。母さまのお供で上海のダンスホールに通ううちに、楽団員のおじさまから少しだけ教えてもらったんです」
 人気ジャズシンガーの梅心は、ダンスホールやカフェーを仕事場にすることが多く、幼い頃から母親の後について回っていた時枝は、なかば楽屋の喧騒のなかで育ったようなものだった。
 そんななかで、時枝にダンスの手ほどきをしてくれたのが、多門と雪枝が今も祖父のように慕う、初老のジャズマンだった。梅心の手助けもあって、時枝は十日ほどでワルツを覚え、上海にやってきた朱門を大いに驚かせたものだった。
「なるほど、そのかたの教え方が良かったのでしょうね。ワルツの基本ステップに関しては、わたしが教えるまでもなさそうだ」
 合点がいったとばかりにうなずくと、御祇島は、時枝にひとつ頼みがあると切り出した。

 

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