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SF・ファンタジー・ホラー

透明の世界 6話「腐りかけの救済」

   

第6話「腐りかけの救済」

――――人殺しが当たり前の世界。異端と呼ばれる少女。

 

 
 この世界は、歪みきっている。腐敗臭が漂い、至るところに血痕が残されて、道路の角には塵屑ごみくずの代わりに肉片が落ちている。この世界のどこの町でも、こんな光景が当たり前のように広がり、繰り返されているのだ。
 私は鴉が飛び交う空を見上げて、溜め息を吐いた。

 殺人が許され、当たり前となった世界では、人の死に価値などなく、命を救う意味もない。今日も誰かが何の意味もなく人を殺し、笑っているのだろう。そんな腐りきった世界の片隅で、私は息を潜めて暮らしていた。何故なら私は――――私だけが人を殺したことがから。

なぎさ!」
ふみ君…」

 聞き馴染んだ声に振り向くと、そこには大きく手を振って、私の元へと駆け寄って来る少年の姿があった。そんな彼に対し、控えめに手を振り返す。
 彼が私に微笑みかけてくれるから、おかしな世の中でも悲観しないでいられる。史君がいるから、私は生きていられるのだ。

「ごめん遅れて…!」
「ううん、大丈夫だよ」
あいつ中々しぶとくてさぁ。抵抗するんだもん。疲れちゃったー」
「…! 史、君…」

 眩しい笑顔。優しい声。幼い頃から変わらない表情。それなのに、私は彼が怖くて堪らなかった。彼が優しく笑う度に、安堵と共に不安が襲う。
 震える指先を隠すように、私は手を後ろに組んだ。
 汗を拭った史君のシャツの袖には、赤黒く変色した血液が染みついている。彼の異様な出で立ちに、恐怖を抱いていることが知られてしまわないように、そっと唇を噛み締めた。恐怖を悟られないように――――私の感情に気づかれないように、普段通りの笑顔を浮かべて、私は尋ねた。

「あいつって……じん君のこと?」
「そうだよ。ちゃんと言っておいたんだけどね、僕は」
「え?」

 拗ねるように唇を前へ突き出した史君を見て、私は首を傾げた。

「『言っておいた』って……何を?」
「渚を『異端』と呼んだらって」

 私の頬に手を這わせて、酔いしれたように笑う史君の指が、私に熱を伝えてくる。とくん、とくん、と音を立てているそれは、生きているという証だ――――。

 この世界では、人を殺せない人間は蔑みの対象とされる。当たり前を受け入れることの出来ない私達は、世界の主張を理解出来ない存在として忌み嫌われ、『異端いたん』と呼ばれるのだ。

 彼は私とは違って、笑顔で人を殺せる人間だ。だが、私は人の死に痛みを感じてしまう。だから、殺せない。殺したくない。殺人を擁護出来ない。

 

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